万田邦敏監督の久々の新作だ。寡作なので待望の、というべきなのかもしれない。前作『接吻』が強烈だった。今回も仲村トオルが主人公を演じる。前作の小池栄子にも勝るとも劣らない怖い女を杉野希妃が演じる。
精神科医が邪悪な患者に振り回されるホラーではない。表面的にはそんな感じの設定だし、結果的にはそういうことになるのだけど、万田監督なので、一筋縄ではいかない。一対一の対話がほぼ全編を彩る。それはほとんどが主人公のふたりの対話だけど、そこに6年前に死んだ妻(中村ゆり)と彼女の弟(斎藤工)が絡んでくる。登場人物はほぼこの4人だけだ。
診療室での会話で構成される。壁に掛けられたマティスの赤い絵が冒頭から象徴的に描かれる。狂気の色だ。最初は赤を主体にして、全編ワンピースで通す杉野希妃は、その内に秘めた狂気を徐々に見せていくのだが、それはあくまでも淡々としたままで、エスカレートするわけではない。エキセントリックな芝居ではなく、さりげなく、フラットなまま。嘘がばれても動じないどころか、変わらない。あなたが好きだから、という言葉には嘘はないけど、あなたでなくてはならないという切実さはない。だんだんおかしくなっていく仲村トオルのほうがエキセントリックで、見ていてそこまで動じるようでは、精神科医として失格だろ、と思う。映画は仲村があまりに弱すぎてリアルではない。妻の幻影に悩まされて、薬を常時服用しているという設定だから、最初から病んでいるのだろうが、それにしても、彼の内面の葛藤がストレートすぎて、映画としては物足りない。さらには杉野希妃の女も描き込みが少なすぎて、その背後がわからない。嘘をつくのはなぜか、家族との関係が、どうなっているのか、とか、最初に彼女をここに連れてきた男との関係もどうなっているのかとか、あまりにわからないことだらけで、取りつく島がない。斎藤工の義弟と姉との関係とか、息子のこともそうだ。1時間42分という上映時間は決して短いわけではないのだけど、いろんなところが中途半端で説明不足。僕は説明だらけの映画なんて嫌いだけど、情報不足で映画を見てもわからないというのは、まずいと思う。これは万田監督らしくない。
だから、結果的に、設定は面白いし怖い話なのだけど、その怖さには奥行きがない、そんな作品になってしまった気がする。もの足りないし残念だ。