職場の雰囲気に耐え切れず、首を覚悟で噓をつく。妊娠したと偽って仕事を続ける34歳。そんな嘘はやがてばれてしまって職場に居られなくなることは必至だ。だけど、彼女はそんな偽りの日々をなんと出産までの10ヶ月続けていく。
コメディにしかなりそうもない設定をリアルのタッチで淡々と見せていく。そうすることで彼女の内面の孤独を突き詰めて描くというのでもなく、さらりとしたタッチのまま描いていくところがなんだか反対に怖い。彼女はこんな行為をしても、まるで何も感じないし、その心は空っぽのように見える。普通なら、嘘がばれるのではないかと、怖くなるはずだ。自分の嘘を恐がり、やがては心が壊れていくはずなのに、彼女は自然体のまま、この異常さと向き合っていく。想像妊娠の日々を受け入れていく。
やがて本当に子供を身ごもり出産するのではないか、という妄想の世界が展開していくのだが、終盤のそういう逃げ方がこの作品からリアルを損なっていく。マリアではないのだから処女懐胎なんてない。幻想と現実のあわいを漂うような終盤の展開はつまらない。
ただ、終盤に至るまでは、すごい緊張感を持続した。作品自体はこの異常さをさらりと描き、そこにはなんの支障もないのだ。読みながら、この先に何があるのか、読者である我々の方が彼女以上にドキドキしている。それだけに説得力のないこのラストでは弱い。30代の女性がひとりで生きていくことをこのように突き詰めていくのかと、その視点の新鮮さには目を見張らされるだけに惜しい。