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映画・演劇のレビュー

『ブルーバレンタイン』

2011-12-30 19:19:30 | 映画
 どうしようもないことが描かれる。まだ20代後半の夫婦である。お互いに愛し合っている。でも、破局するしかない。幼い娘もいる。人生はまだ始まったばかりだ。なのに、もうどうしようもない。2人はそれぞれ壊れた家庭で育った。だから、幸せな家庭を作りたかった。夫はとても優しい。子どもにも、自分にも。でも、妻はもうこれ以上一緒にはいられない、と思う。

 夫は、仕事がない。高校中退で、引越しの仕事をしていたのだが、辞めてしまった。再就職のあてはない。だが、離婚の原因はそこにあるのではない。もちろん、そのことも影響しているのは事実だろうが、そんなことよりも、彼にもう愛情を抱けないことの方が大きい。愛し合って結婚したはずなのに、である。彼が暴力を振るうとか、嫌いになったとか、そんなことではない。彼女は彼でなくても、誰であっても、同じなのだ。どんな人間にも愛情を注げない。人を愛せない。

 彼の方は、彼女が自分のことを愛してくれてないということを薄々感じている。セックスではなく、愛が欲しいと言う。素直で、正直な青年なのだ。だが、彼はこの5年ほどで、ハゲになった。結婚したころは、まだ、髪の毛は大丈夫だったのだが、急激におでこが後退した。若ハゲである。ルックスがこんなにも結婚後に変化したら、それって契約違反なのか。愛が醒めたのはハゲが原因なのか。映画はいくらなんでも、そんなふうには描いていない。それではコメディーにしかならないからだ。この映画は深刻で、ドラマはちゃんとシリアスに見せる。なのに、彼をハゲにする。惨い。映画の中では一切ハゲについては語られない。だが、目の前に映る彼の頭は雄弁だ。

 医者をしている妻と、フリーターの夫。それはそれでいいではないか。主夫として、職務を全うすることも可能だ。だが、だんだんすれ違う。これは彼女の心の問題なのだ。いがみ合う両親のもとで育った。愛情を一切受けず、他者を拒絶してきた。その反動で誰とでもセックスをした。彼と出会うまでに25人の男と関係を持ったらしい。愛のない関係だけを信じた。こんな彼女のねじれた感情はどんなに優しい夫にでも、ほぐすことはできない。無残な話だ。

 もしかしたら、彼女によってこの夫はスポイルされたのかもしれない。彼女は誰も信じられないのだ。たとえ自分の可愛い娘であろうとも。ハゲでなくても、彼女は夫と別れるのだろう。だが、たとえハゲでも彼を愛することは可能だ。世の中のハゲの人はみんな離婚しているわけではない。大事なことはもっと他にある。

 結婚式の幸せそうな2人のシーンと、別れて行く瞬間の2人をカットバックで見せるラストシーンの無常。愛犬の死を描く現在のシーンからスタートして、2人の出会いから別れまでを、コラージュして見せていく。見事だ。でも、あまりに悲しすぎる。無邪気な子供が可哀想で見ていられない。

 これは「ハゲ」についての映画ではないし、そのことをここまでしつこく書いたのは本当は不本意です。だが、きっと誰もそのことには触れないだろうから、敢えてちゃんと書いた。作者はそこに拘っているのに、観客が遠慮して、そこを見て見ぬふりをして済ますのは、まずいと思ったからだ。心外だったが、故意にこういう書き方をさせてもらった。髪の毛で悩む人を傷つける表現を許して頂きたい。すみません。作者にかわって僕が謝ります。

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