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映画・演劇のレビュー

May『風の市』

2007-08-13 20:15:12 | 演劇
 2時間強は長いけど、このくらいやらなくては気がすまなかったのだろう。作、演出の金哲義くんの気持ちがしっかり伝わってくる作品だった。思いのたけを余すところなく全てぶちまけて、もうこれ以上どこをどう叩いても何も出てきません、とでも言いそうな勢いなのだ。そんな余裕のなさも含めて、その精一杯の全力投球が見ていて気持ちいい。

 子供っぽい芝居だが、それの何が悪いのか、と居直って見せるのがいい。自分のやりたいことをいいとか、悪いとかを度外視して、思いっきり見せる、というのは作家のとって大切なことだと思う。これはそんな熱い思いが確かに伝わってくる芝居である。

 これは猪飼野を舞台にしたファンタジーとでも呼ぶべきもので、たとえ金くんの実在の家族の実話をモデルにしていようともリアリズムの文体とは言い難い。しかし、そんなところもこの芝居の魅力になっている。

 在日の虐げられた歴史を告発するなんて言われたら、もうそれだけで腰が引けてしまうが、この芝居のように、在日という枠にとらわれず、まず、これがとある一つの家族の歴史として描かれることで、それはある種の普遍性を獲得する。在日である前にまず家族であること。しかし、彼らが在日であることで背負う様々な問題がこの作品を大きく引っ張っていく。個人的な問題が社会的な問題に摩り替わっていく。それはとても微妙な匙加減でなされる。済州島から渡ってきた人たちの歴史がしっかりとこの作品の底流には流れているのだ。

 それは『血と骨』のような強烈なリアリズムとは違う。金くんたち子供世代からみた大人たちの姿というファンタジーの視点から、あの頃の気分を描いてみせることで獲得したこの作品ならではの温かい世界である。

 へんなおじさんが、あるとき我が家にやって来て、彼が巻き起こす騒動として、芝居全体が作られてある。なんだかよく分からないまま昔からずっとそこにいたみたいに家族の中に溶け込んで、次から次へと騒ぎを起こしていく。金くん自身が演じるこのソンシンという男がとても魅力的だ。彼に振り回される7人兄妹たちもまたとても暖かく、彼らが繰り広げる日々の出来事が流れるように描かれていく。

 芝居はあと20分程短くすればとてもスリムで見やすく、テーマもより鮮明に伝わってくるものになったはずだが、金くんは敢えて短くしない。先にも書いたように隅から隅まで端折ることなく見せないでは気が済まない。その結果全体的にはひつこくて、くどいものになる。ラストだってもう少し早く終わらせたならいいのに、丁寧にも顛末の決着までを見せる。

 しかし、彼はどうしてもこんな風に見せたかったのだろう。器用で、スマートな纏め方をするのではなく、敢えて無骨で不細工に見せる。そんな風にしか語れないのだ。そして、これはそんな風に語るべきものなのだ。そんなことも含めてこの芝居はとてもチャーミングなものに仕上がっている。

 朝鮮民族の思い、海を渡ってこの日本にやって来て(もちろん、好き好んできたわけではない)、ここを自分たちの新しい国として生きるしかなかった在日の思いが、ひとつの家族と、彼らのもとにやってきた<へんなおじさん>を通して軽やかに描かれる。金くんはこの話を重く作ることを嫌う。一陣の風のように駆け抜けていった一人の男を通して、様々な事情でこの異国、日本にやってきた朝鮮人たちの喜びと苦しみを、今ではもうなくなってしまった大家族によるホームドラマとして描いていく。

 日本人が見失ってしまった大切なものがここにはある。ちょうど今読んでいる小路幸也『東京バンドワゴン』にも通じる世界がここにはある。


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