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映画・演劇のレビュー

燈座『父を葬る』

2014-03-28 22:32:17 | 演劇
 父が帰ってきた。遺骨になって。でも、彼はここにいる。今日も目覚めると、自分よりも先に父が起きていて、そこにちょこんと座っている。たったひとりぼっちになった娘と、死者になってしまった父とが一緒に過ごす時間を静かなタッチで綴っていく。井上ひさしの『父と暮らせば』の東日本震災版とでも呼べばいいようなお話だが、このささやかなお話は重い。

 軽妙なタッチでコミカルに描くことも可能だった。だが、作者の石原燃も、演出のキタモトマサヤもそういう選択はしない。主人公に寄り添い、彼ら(娘だけではなく、死んだ父も)のどうしようもない今の気持ちを大切にしてお話を展開させていく。もちろん、ここには展開するほどのドラマチックなドラマはない。だが、今を見つめ、不安の中、毎日を生きることが十分にドラマなのだ。

 父と離れて暮らしてきた彼女は、父の訃報を受け取り、遺骨を引き取った。唯一の身内だったから仕方のないことだ。2人にはそれくらいに距離があった。ひとりで生きるには当然の選択だったはずなのだが、さびしかった。だから、こうして父が帰ってきて一緒に暮らす時間は彼女にとってとてもうれしい。でも、戸惑いもある。そっけないのは、これが事実ではないことは重々承知していることだからだ。自分がおかしくなっている。幻に頼るくらいに心が弱っている。こんなこと事実だとは思えないし、受け入れるべくもない。だが、そこに父はいる。それも彼女にとっては事実だ。

 冷静な自分がちゃんと距離を置いて幻と対峙していく。職場の人間関係のこじれから、今ある現実と向き合えない。不安ばかりが膨らんでいく。そんな中で、おろおろする父を見て、うんざりしながらも、現実と対峙していく。震災後の時間を生きるという前提を踏まえたうえで、ことさらそこを前面に押し出すことなく、いつの時代にも、どこにでもある日常のスケッチとして、弱い存在である庶民の姿を等身大にとらえていく。今ある生活、そこから一歩を踏み出す瞬間を描いていく。暗くて、重くて、でも、愛おしい、これはそんな作品だ。



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