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映画・演劇のレビュー

辻村深月『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』

2010-03-01 20:50:17 | その他
 痛ましい。この悲痛な話と向き合うのは正直つらいことだが、ここから目を離せないのも事実だ。30歳前後の女をテーマにした小説や映画は数多く作られた。この作品もそのひとつでしかない。だが、「そのひとつ」という軽い括りをあえてさせてしまうところにこの小説の覚悟がある。どこにでもあるお話として、流してくれてもかまわない。大々的にセンセーショナルに取り上げる必要はない。だが、ここから目をそらすな、と言う。というか、読んでいるうちにこの2人を凝視している自分に気付く。

 みずほは母親を殺したまま失踪したチエミを捜す。それは幼なじみで仲よしだったから、なんてことだけではない。フリーライターとしての職業意識からでもない。取材ではないが、単なる好奇心でもない。先にも書いたが、友人だから、なんていう甘ったるい感傷からでは断じてない。もうずっと会うこともなかったかっての友人。今も自分の人生の外のいたはずの彼女が気になって仕方ないのはなぜか。自分でもよくわからない。

 都会で暮らし、一応華やかな仕事をこなして、結婚もしている人生の勝ち組である自分と、田舎で結婚もせず今も両親と暮らす地味なOLでしかない彼女。もうどこにも接点はないはずだった。だが、彼女があんなにも仲よしだった母親を殺さなければならなかった原因が気になって仕方ない。そして事件から半年以上たつのに依然行方不明のままの彼女の消息が気になる。

 自分の中にある闇と向かい合うこと。ずっと避けてきたことが彼女の事件を通して噴出する。母親を殺したかったのは自分の方だ、と、みずほは思う。チエミが母親を殺すなんてありえない。でも、それが事実であると知った時、彼女の中で過去の存在だったはずのチエミはクローズアップされることとなる。謎を解き明かしたい。チエミを助けたいのではない。自分を助けたいのだ。幸福そうに見える今の自分の生活が砂上の楼閣で、チエミと自分は反対でもよかった、と思う。というか、自分の方が本当は母親殺しだ、と思う。

 2章仕立てで、前半は失踪したチエミの消息を追うみずほの話。彼女がチエミを知る幾人かの人々を訪ねて行く話だ。後半は失踪したチエミの話。彼女がどうして身を隠して生きることが出来たのかが描かれる。この2人の女は表裏一体の関係にある。入れ替わり可能だ。正反対に見える2人だが、同じ30歳の孤独な女。そこからこの小説は目をそらすな、と言うのだ。2人の再会で終わるこの小説が描く闇の深さを見よ。

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