とても真面目な芝居だ。何よりもまず、誠実にテキストと向き合う姿勢が素晴らしい。何を扱い、どう見せることが観客に伝わるか。その時、テーマとか、メッセージとか、が前面には出ない。水俣病を扱うということを踏まえて、まず、生活がある。
ある夫婦の話である。彼らがどう生きてきたか、今どういう状況にあるか、そこからどこに向かうのか。その背景に水俣での日々がある。そこから逃げ出してきたわけではないけど、後ろ暗さはある。チッソの病院で働き、定年退職し故郷の愛媛に帰ってきた。ここで穏やかな日々を送りたいと願った。だが、そこに波風が立つ。もう一度、あの日々を思い出させる人がやってきて、過去をほじくり返す。水俣病を発見し、チッソに訴えた。有機水銀の害を。だが、当然のように会社は隠蔽しようとする。住民と、会社の狭間に立ち、やれるだけのことをした。だが無力を実感した。
ふるさとに戻って穏やかな日々を過ごす夫婦のその後を描く。激動の時代を描くわけではない。だが、水俣病から逃げるわけではない。今だから出来ることを、今からしようとする。これはそんな静かな戦いのお話である。
まず、西園寺章雄演じる夫と池田佳菜子演じる妻の日々を描く。穏やか静かな日々。水俣ではあり得なかった。だが、やがてここで生きることで、もう一度、水俣と向き合う覚悟をし、第2の人生を生きることになる。そんな夫を妻は支える。
池田さんが素晴らしい。若い彼女にこの役を当てたキャスティングの勝利であろう。彼女もその期待によく応えた。彼女の静かなたたずまい。でも、内には熱い想いが秘められている。ようやく手に入れようとしているこの静かな日々を失いたくない。でも、夫の悔恨を、そのままにしたくないという想いも理解し、支える。少しずつ、彼女が受け入れていく時間が丁寧に描かれていく。
西園寺さんとの年齢差が不自然にならない。今まで、劇団未来だけではなく関西の新劇系のベテラン劇団を見ていて残念だったことのひとつに高齢化したキャスティングの不自然さがある。それが芝居からリアリティを損なうことも多々あった。だが、今回は、なんとその反対の心配を感じさせられることになった。「いいのか、こんな若い役者にこの役を委ねて!」ということだ。だが、見始めると、すぐにそれは杞憂に終わる。それどころか、彼女の抑えた芝居がこの作品全体を支えることになるとは。これは夢にも思わなかった展開である。
もちろん主人公は西園寺演じる星川医師である。そして、お話は彼が水俣訴訟を勝利に導くまでの話なのだ。だが、そこでそんなストーリーに先導されることなく、ちゃんと家族の物語という中心を外さないのがいい。全体を娘のナレーションで繋いでいくのもいい。感情的にお話を進めない。台本と演出がそこを徹底させているから、こんなふうに抑制の効いた作品に仕上がったのだろう。