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映画・演劇のレビュー

『不都合な理想の夫婦』

2022-05-04 11:23:35 | 映画

この男はないわぁ、と思う。でも、なんだか最後は少しだけ可哀そう。こんなふうにしか生きられなかったのか、とも。ずっと連絡を取っていなかった母親のところを訪ねるシーンは自業自得だけど、胸が痛い。家族と縁を切って、自分の夢を追うために生きた。成功してアメリカからロンドンに戻ってきた。見栄を張り、自信もあるけど、「虚飾と野望」に引き裂かれていく男をジュード・ロウが演じる。鼻持ちならない男だけど彼が演じると、決してそれだけにはならない。もちろん可哀そうな男でもない。ぎりぎりで耐えている。いびつな感情や感覚を持つけど、それは彼の生い立ちや境遇がそういうふうな人格を作っただけなのかもしれない。彼なりに一生懸命にやっている。妻や子供たちのために、結婚からこの10年頑張ってきて今の地位を築いた。

この「理想の夫婦」の崩壊までを描くドラマは、見ていてつらい。家族4人のそれぞれのドラマがきちんと描かれているから、問題を夫の見栄や欲望だけに集約させない。夫に愛想をつかす終盤の食事シーンから、自宅に戻り、凄まじい状況になった家を見る妻、さらには遅れて帰ってきた夫、という図式の中から、この4人がここで暮らして何を得たか(失ったか)が明確になる怒濤の展開は凄い。空虚な大邸宅。お金を失う恐怖。彼はそこで、自分が壊れていく姿を見つめることになる。

こんなはずじゃなかったのだ。でも、気づくとこんなことになっていく。自分で自分が止められない。それは彼だけではなく妻も娘も息子だってそうだ。こういうスリラー映画を作れるショーン・ダーキン監督に脱帽。そこには驚くべき特別なことなんかは何もないけど、日常でしかない日々の中から、こんな怖さを見事に表現できる。さりげなく、リアル。人の心の問題を突き詰めると、こんなところにたどり着くこともある。80年代という時代がこういう悪夢を彼に見させたのだろう。最初から最後まで異様な緊張感が持続するとてもスリリングな1作だった。


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