中山さんの悪意に満ちた芝居は、派手さとは無縁のモノクロームの風景を提示する。テンションは低い。話は広がらないし、描かれる世界の狭さと、息苦しさはかなりのものだ。だが、なぜか舞台から目が離せない。
小さなジュースの会社が、本業のアロエジュースだけでなく、多角経営の一貫として、薬用クリームを作り、それで成功する。会社はジュース部門縮小と化粧品部門の拡大という経営方針を打ち出すのだが、それぞれの工場で働く人たちの間に齟齬が生じる。ジュース工場で働く人たちの不安。クリーム工場を統括する中国人リーダーと、そこで働く中国人労働者たちに自分たちの会社が乗っ取られるのではないか、という不安だ。日本人労働者と中国人労働者の間の確執。それがジュース工場で飼われていた1匹の犬の死を引き金にして爆発する。
それにしても、これはなんて地味な内容の芝居だろうか。ドラマチックになりそうなところも、わざとそうはならないように作る。全体をとても抑えたタッチで淡々と見せていくのだ。作、演出の中山治雄さんのこだわりは、この小さな共同体のほんのちょっとした諍いが、それまでなんとか成り立っていた人間関係をいとも簡単に壊してしまうという恐怖を描くことにある。僕たちの生活の基盤はこんなにも危ういものなのだ。そのことをほんのちょっとした悪意の連鎖の中で描く。これは今時はやらなくなってきた静かな演劇である。しかし、はやりすたりとは関係なく、中山さんはずっとこのスタイルを貫いている。彼はいつもこの気持ちの悪さにこだわり続ける。口当たりのいい心地よいドラマではなく、なんともしれない不快感、それを描くことが彼の身上だ。そう言う意味でもこれはとても彼らしい作品だ。
小さなジュースの会社が、本業のアロエジュースだけでなく、多角経営の一貫として、薬用クリームを作り、それで成功する。会社はジュース部門縮小と化粧品部門の拡大という経営方針を打ち出すのだが、それぞれの工場で働く人たちの間に齟齬が生じる。ジュース工場で働く人たちの不安。クリーム工場を統括する中国人リーダーと、そこで働く中国人労働者たちに自分たちの会社が乗っ取られるのではないか、という不安だ。日本人労働者と中国人労働者の間の確執。それがジュース工場で飼われていた1匹の犬の死を引き金にして爆発する。
それにしても、これはなんて地味な内容の芝居だろうか。ドラマチックになりそうなところも、わざとそうはならないように作る。全体をとても抑えたタッチで淡々と見せていくのだ。作、演出の中山治雄さんのこだわりは、この小さな共同体のほんのちょっとした諍いが、それまでなんとか成り立っていた人間関係をいとも簡単に壊してしまうという恐怖を描くことにある。僕たちの生活の基盤はこんなにも危ういものなのだ。そのことをほんのちょっとした悪意の連鎖の中で描く。これは今時はやらなくなってきた静かな演劇である。しかし、はやりすたりとは関係なく、中山さんはずっとこのスタイルを貫いている。彼はいつもこの気持ちの悪さにこだわり続ける。口当たりのいい心地よいドラマではなく、なんともしれない不快感、それを描くことが彼の身上だ。そう言う意味でもこれはとても彼らしい作品だ。