いつも無口な芝居を作る中村賢司さんが、今回はとても饒舌に気持ちを語り尽くす。しかも、説明不要な単純な内容で、さらには、ファンタジーのような設定を臆せず使う。これは一体どういうことだろうか。なんだか不思議な気分だ。もちろん、作品はとても素敵だし、コミカルな描写も微笑ましい。(山羊の役になった石塚さんがとても受けていた)
夜の闇の中にたたずむ。そこはこの世とあの世の境目だ。そんなふたつの世界をつないで、彼女は行き来する。イトウエリ演じる文水(ふみ、と読ませる)が主人公だ。彼女はむこうの世界に誘われていく。ずっと以前に(子どもの頃)死んでしまった友人が、大人になって(でも、高校生)やってくる。さらには、記憶にない兄がそこには存在する。
彼女は自分の世界に閉じこもっているだが、。深夜に部屋を抜け出して、この空き地に来る。そこで、ひとり座っている。そんな彼女を見守る恋人とか、絵の先生とか、恋人の奥さんとか。彼らとの関係を通して、何かを見せようというのではない。物語ではなく、心象風景を見せるのは、中村さんの得意とするところなのだが、今回は敢えて、断片にも、お話にもせず、寓話のような語り口で、ストレートなメッセージを提示する。死者に対する想いを描くのでもなく、ここにいる自分の不安を見据える。その時、たまたま死者が彼女のもとへやってくる。生者も、来る。それくらいのニュアンスだ。それは死者への冒涜ではない。生きている者の軽視でもない。死者はいつも心のかたすみにいる。生者も。彼女の弱くなった心の扉を叩く。
ここは特別な場所ではない。それどころか、誰も気にも留めないような場所だ。空き地と呼ぶしかないような、何でもない場所。だから、普通夜中にそんなところにいるような人はいない。彼女だけが誰知らずそこにいる。この世の中から忘れられたように。それでいい。