映画.comの「作品情報」冒頭にはこうある。「高校生の安藤純は、自分がゲイであることを周囲に隠して生きている。ある日、書店を訪れた彼は、クラスメイトの三浦紗枝がBL漫画を購入しているところに遭遇する。」わかりやすいボーイ・ミーツ・ガールものだ。ただしそこにゲイとかBLという部分がなければ。
BL好きのクラスメートの隠していたその性情を知り、彼女の秘密を心に秘め人に言うことなく、付き合うことになる。自分の性情は隠したままで。フェアじゃないことは十分承知の上で。お互いに好きという気持ちには嘘はない。だけど、彼は男の人への想いと同じようには彼女を愛せない。だから彼女と一緒にいても苦しい。映画は、そんなふたりの姿を一つ一つ丁寧に見せていく。
これは「浅原ナオトの青春恋愛小説『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』の映画化」という事らしい。この小説はNHKでドラマ化もされたようだ。確かにそんなドラマが放送されていたし、少し見たような記憶もあるけど、なんかホモを扱うコメディなんて嫌だし、見たくないと敬遠した。今回の映画化タイトルも原作のままならそれだけで見なかったはずだが、タイトルからその後半の「ホモであって僕ではない」という部分を取り除くだけで、映画の意味はまるで変わってくる気がした。『彼女が好きなものは』というタイトルの持つ普遍性がこの内容の孕み持つ特殊性を韜晦する。そこから誰もが抱える問題として彼の性情が描けれる気がした。さらにはあくまでもその中心には彼女がいること、それが一番大事なことだ。この映画の主人公は彼だけではなく彼女なのだ。ふたりのラブストーリーであり、均等に二人の関係性は描かれていくという宣言がなされている。そんなタイトルだと思った。
しかも監督は『にがくてあまい』と『世界でいちばん長い写真』を撮った草野翔吾である。彼の小さな2作品はどちらもとても誠実な映画だった。今はまだ広く一般には認知されてはいないけど今後絶対ブレイクする新鋭だと思う。そんな彼が今まででいちばん大きな映画に挑んだのが本作だ。だって東宝シネマズでの全国一斉公開なのである。今までのミニシアターでの単館公開とはまるで扱いが違う。
出来上がった映画はやはり期待以上の作品でうれしい。映画を見ながら、終始どういうふうにこの先を展開させていくのかが気になってスクリーンから一瞬も目が離せなかった。こんな小さなお話なのだけど、しかも、大々的にテーマを振りかざして問題提起するわけでもないのだけど、とても大事なことを丁寧に主人公のふたりとしっかり寄り添い描けてあるのが素敵だ。ふたりの周囲の人物描写も丁寧で誠実。それぞれの想いがしっかり伝わってくるのがいい。立場や状況はみんなそれぞれ違うから、同じようにはいかないけど、2人だけではなく、誰もが自分なりに自分たちのことをきちんと考えて対応していくのがいい。
だから、最後の大胆行動もリアルとはいわないけど、納得のいく展開として理解できる。学校側の対応もあの状況下では理想の処置だろう。現実ならさすがに止められるはずだけど、心情的には嘘のない対応で、そうできたならいいな、と思わされる。それはないよ、とは思わない。確かにそうであればいいな、と思うのだ。そこが映画的でいい。
集会の行われている講堂の檀上で彼女がマイクを握り切々と心情を述べるシーンから、舞台に駆け寄り演壇の下で泣いている彼女を見守るところまで(そこでキスとかはしない)いろんな意味でぎりぎりの節度を保つのがいい。その後、それでも彼が転校していくことも含めて、理想と現実のはざまでのバランス感覚が素晴らしい。映画ならではの夢のようなお話と、現実世界での悩みとの対応。その駆け引きが監督の中でちゃんとできているから、映画は嘘くさくならないのだ。彼らが自分の性情とちゃんと向き合っている。それを一緒に見守るだけではなく考えていく。簡単にカミングアウトはできないし、逃げているわけでもない、少しずつ前に進もうとする。どうしようもなく同性が好きで、自分の気持ちに正直にあろうとしている高校生男子なんていう設定を興味半分で描かれたら最悪なのだけど、ただのファンタジーにはしないできちんと向き合う。
母親とのことや、友人たち、さらには妻子持ちの恋人。その誰もがちゃんと自分と向き合っているから、見ていて誰にに悪感情を抱くことはない。ホモを隠していたことが許せないという友人に対してもだ。彼が周囲に彼のことをばらしたため自殺に至り、事態は隠蔽されることができなくなり大ごとになるのだが、そういう展開も含めて、実に上手いし緊張を強いられる。その後どうなるのか、予断を許さない。クラスミーティングのシーンも素晴らしい。クラスメートから意見ではドキュメンタリーのようなリアルで素直な反応が描かれる。
それにしても、いきなり教室の窓から飛び降りるシーンには驚かされる。そこにはためらいが一切ないからだ。その行為は衝動的なものではなく、彼の中にずっと秘められたものだったのだろう。常に死んでしまいたいという想いを抱き続けていたから、自然な行為として飛び降りた。その気持ちが痛いほどよくわかる気がした。
主人公の山田安奈が素晴らしい。彼女が主演したもう1本の映画『ひらいて』と2本はセットで評価されていい。ここでの彼女はまるで違うのに、どちらでも同じようにどこにでもいるような女子高生を自然に演じた。それは今年の主演女優賞ものの凄さだ。もちろん悩める男子高校生を演じた神尾楓珠も素晴らしい。このふたりを取り巻く高校生たちや大人たちすべてがこのささやかな映画を形作る。今年一番の青春映画の傑作である。