『桜花堂ものがたり』という実にシンプルなタイトルがとてもいい。この小説が描くメッセージもそこに尽きる。簡単な話なのだ。でも、それは何よりも大事な話だ。お話が「桜花堂」になかなかたどりつかないのもいい。主人公の青年がそこにいくまでには様々なドラマが用意されている。そこに行きつくまでの話だったんだ、と読み終えて初めて気づく。
生きていくことの喜びと悲しみ。自分の居場所があるということ。この小説のメインテーマはとても大切なことで、生きていく上でのすべての根幹をなすようなことだ。村山さんはそれを大仰に描くのではなく、とてもさりげなく見せてくれる。読み終えてときの幸せな気分は他ではなかなか体験できないものだ。心が喜びに満ちる瞬間。自分はここにいていいんだ、と思えることの幸福。
本が大好きで、本屋で働き、いつも本と一緒に暮らしている.そんな主人公がちょっとした事件からそれまで過ごしてきた職場を追われることになる。古いデパートの中にある大きな本屋で働いていた。文庫本の担当で、いろんな本をヒットさせてきた。だけど、そこを離れることになり、自分の居場所を失う。
やがて、田舎の小さな本屋で働くことになる。ここからがこの小説の本題なのだけど、ストーリの-紹介はいつものようにしない。
どこにいても自分らしさを見失わないで生きる事の意味を問う.何が大切で何が必要なのか。そのすべてがこの本にはつまっている。ささいなことを大切にして、じぶんにとその周辺の人たちの幸せを願う。それは誰にも気付かれないくらいに(気付くのは自分と相手だけでいい)ささいなことでいい。それが何よりも大事。
僕もこの春、職場を変わり、今までの生活を失い、でも、新しい場所を得た。そんな時期に読んだだけに、これは余計に身に沁みたのかもしれない。