とても素敵な映画を見た。こういう作品が、誰にも知られず、ひそかに公開されている。そして、すぐに消えていく。とても残念な話だ。もっとたくさんのお客さんを集めてもいい。きっと、誰が見ても満足する。そんな傑作なのだ。だが、ほとんどの人は知らない。それだけのお話なのだ。
こういう小さな作品は目立たない。主人公の福ちゃんと同じように市井に潜んで、でも、確かに周囲の人たちから感謝されている。この映画に僕たちが感謝するように。藤田容介監督、ありがとう。『全然大丈夫』も大好きだったけど、今回はそれ以上だ。
大島美幸は坊主頭にして、32歳の男性を演じる。でも、まるで違和感はない。こういう男がいる。そこにリアリティを感じさせる。これはファンタジーではない。まぁ、ある種のファンタジーかもしれないけど、現実にあってもまるで違和感はない。
大島演じる福ちゃんはとてもいいひとだ。彼は、人としての痛みを知っている。だから、誰にでも優しい。一緒にいると、とても大きな愛に包まれている気がする。だから、みんな彼を好きになる。見た目はじゃがいもみたいで、あまりカッコよくはない。だから(ではないかもしれないけど)、女の子には興味はない。とび職をしている。凧が好き。自分で作り、休みの日には河川敷で上げている。福々荘に住んでいる。おんぼろアパートだ。別に気にしない。充分今の生活に満足している。
中学生の時、いやな思いをした。それが女嫌いの原因になっている。その元凶となった女性(水川あさみ)が彼のもとに現れる。彼女は中学の頃のことを謝りに来る。今頃、そんなことをされても、と思う。忘れていた(わけではないけど)ことだ。いやな記憶がよみがえる。だが、彼女と接していくうちに、頑なだった彼の心は、徐々にほぐれてくる。みんなに優しい彼が、彼女の優しさに触れて、少しずつ、変わってくる。
心の痛みは簡単には拭えない。それがトラウマになり、破滅に至る場合もある。隣人の青年がそうだ。彼と福ちゃんだって紙一重だ。刺したのが彼で刺されたのが福ちゃんだっただけで、入れ替わりは充分可能。それくらいに、微妙な問題なのだ。人にとって何が痛くて何が大丈夫かなんて、わからないから。カレー屋さんのエピソードもそうだ。あの時、刺されていてもおかしくなかった。カレー屋の拘りに水を差した。彼のプライドを傷つけたからだ。笑わせるためのエピソードなんか、ここには一切ない。最初から最後まで全部が本気だ。でも、それを見て、思わず、笑ってしまう場面も多々ある。それでいい。だが、ちゃんと知っている。これは、ただ笑わせるためのエピソードではない、と。
幸福なラストシーンまで。すべてが、すべて、愛おしい。こういうふうにして、生きていたいと思う。ひそやかに、でも、しっかりと。
この作品をたまたま見ることができてよかった。(もちろん、どうしても見たかったから見たのだが)上映回数が微妙で、時間を合わすのが苦しかったけど、最優先したなら見れる。これは無理しても見るべき映画だ。まだまだ、書きたいことは山盛りあるけど、心の中に秘めておく。