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映画・演劇のレビュー

堂場瞬一『ヒート』

2011-12-24 23:14:56 | その他
これは『チーム』の続編だ。前作は箱根駅伝の学連選抜チームを描いたが、今回は神奈川県知事の肝いりで開催される東海道マラソンを舞台にして、世界新記録に挑む運営サイドの物語。

知事からの特命を受け、かって箱根に出たという経験を持つだけの一介の県職員である音無が、大会全体の企画運営を任され、さらには、そこで、日本人ランナーによるマラソン世界新記録の樹立の達成も任される。そのためなら、どんな方法を使ってもいい。(もちろん、いんちきはなしです!)予算もふんだんに使ってもよいからなんとか実現せよ、という指令だ。そんな条件のもと、世界最高のレースコースを作ろうとする。でも、そんなことが簡単に出来るのなら誰も苦労はしないだろう。不可能だ。でも、彼はそんな無茶に挑戦させられる。

 日本人最速ランナーである山城(『チーム』の主人公のひとりだ)を招聘を要請する。だが、彼はこのレースへの参加を拒否する。自分のペースでスケジュールを組み立てているからこういうイレギュラーは望まない。たとえ彼のためだけに全てのお膳立てをしてもそんなもの、受け入れない。だいたいそんな甘やかされたレースは願い下げだ、と彼は思う。さぁ、どうする?

まずは、なかなかうんと言わない山城をどう説き伏せるかがドラマのポイントとなるのだが、なんだか、あまりに彼が頑なでイライラさせられる。

 実際の 主人公はその山城のペースメーカーを任される甲本である。彼も、現役ランナーだ。まだまだやれる。なのに、ペースメーカーなんていう裏方を委ねられ、最初は強行に固辞する。恩師の死を通して、引き受けるのだが、先にも書いたように山城本人の出場が決まらない。そんな中で、黙々と練習を続ける。

 後半、レースが始まっても話は、モタモタしたままだ。こんなにもすっきりしない話でいいのか、と思う。だが、徐々に話はレースの展開に集中していく。そこからはもう大丈夫だ。

 山城はこんなレースは潰す、と思い走る。30キロで棄権するつもりだ。甲本を抜いて、先頭を走る。あり得ない展開だ。甲本はペースメーカーであるにも関わらず山城の後ろをついていくこととなる。だが、彼らは世界最速のペースを維持する。とはいえ、これが最後まで続くはずもない。

 さぁ、どうなる? 契約の30キロ地点を超えても、甲本は離脱しない。そんな彼を山城は追いかける。彼もまた、離脱しない。

 主人公を絞って、見せるから、読みやすい。特にレースが始まってからの展開はスピード感があって心地よい。思いがけないラストも含めて、充分に満足のいく仕上がりだ。400ページに及ぶ大作だが一気に読める。

 だが、この小説がどこに向かうかがよくわからない。話は単純なので、難しいとか言うことは一切ないけど、甲本と山城の戦いに焦点を絞るわけではないし、音無を主人公にした大会運営自体がテーマでもない。じゃぁ何が見せたかったのか、これでは、それがわからないではないか。単純に、限界を超える快感、だなんて言わない。そうじゃないことは明白だ。

 ペースメーカーとしてトレーニングを続けながら、どんどん力をつけていく甲本がこの小悦のキーマンであり、実質の主人公だ。最初は彼のプライドとの戦いが描かれる。だが、彼が、お金のことも含めて仕事としてこれを引き受け、職務に忠実に励むうちにどんどん力を付けてきて、思いもしない展開が待ち受ける。ペースメーカーを引き受けた時、一度は現役であることを諦めたのに、その結果、本来彼が持てたはずの(でも、今までは実現しなかった)実力を手にすることとなる。そこから、盛りを過ぎた平凡なランナーでしかなかった彼が、いきなり世界最速を至近距離にする奇跡の瞬間まで、思いがけないドラマが待っている。

 焦点を一気にここだけに絞り込めばいいのだが、そこまではいかない。バランスを取りながら絶妙なところで終わる。荒削りだし、主人公の3人のバランスは悪い。でも、そこがこの作品の魅力なのかも知れない。大会運営に向けてのドラマから始まり、それが2人のランナーの話へと、スライドしていく。おもしろい小説だ。だが、正直いまいち乗りきれなかったのも事実だ。




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