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映画・演劇のレビュー

落合由佳『天の台所』

2021-12-17 11:04:23 | その他

児童書やYA小説をチェックしていると、思いもしない設定で身近な題材を扱う小説を発見することが多々あるから侮れない。そうくるか、と驚く。まぁ、僕が手にする本なんてたかがしれているけど、それでもそのなかで、かなりの確率で良質の作品と出会えれる。だから児童書の新刊コーナーは図書館に行くと毎回立ち寄るようにしている。この本はそんなふうにして出会った1冊だ。こんなにもたわいない設定で気負いもない1冊だけど、だからこそ、そこには大事なことがしっかり詰まっている。

祖母を失くした家族の悲しみが描かれる。事故で以前に祖父と母親を同時に失くすという悲哀を経験した3兄弟妹と彼らの父。それから家事はすべて祖母がしていた。だから、祖母の死後、家の中は大変だ。何の前触れもない突然の死である。そんな現実を子供たちが受け入れられるわけもない。お話はそこから始まる。だがこれは暗い話ではない。

小学6年の兄である天がこの小説の主人公だ。彼が家事に目覚めるお話である。近所のおばさんの指導のもと、台所に立ち料理を作る。そこから始まる家族再生の物語はよくあるパターンだろう。だけど、この小説の素晴らしいところは、そこに特別なことなんか、なくてもいいという姿勢を貫いたところだ。毎日の生活のなかで生きていく力を身に着け、助けあいながら、なんとか乗り切っていく。家族の絆や、支えてくれる周囲に人たちの善意。それがさりげないタッチで描かれていき、読んでいてとてもさわやかで気持ちがいい。料理コンクールに出場するというお決まりのクライマックスだって、気負わずただの通過点として描かれるのがいい。料理のシーンも素敵だ。ここでも特別なものは描かれない。おにぎりや、みそ汁、カレーや、唐揚げ。でも、作ってみたくなる。「おてんとう焼き」は絶対作る。簡単だし。


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