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映画・演劇のレビュー

彩瀬まる『新しい星』

2021-12-17 19:53:38 | その他

朝、この本を読み始める前に朝刊に目を通していると、直木賞候補にこの作品が選ばれているという記事を見かけた。ようやく彩瀬まるに直木賞を与える時が来たんか(というか、僕が与えるのではないけど)と思う。まぁ、まだ彼女は若いから今回も落選するかもしれないけど、そんなことどうでもいい。

ということで、さっそく読み始めた。よくある短編連作のスタイルである。描かれることも相変わらずつらい話ばかりだ。だけど、この残酷な現実の先にほのかな光が見えてくる。ささえてくれる友だちがいること。ひとりではないこと。それだけで生きていける。4人の大学時代のクラブ仲間のお話だ。卒業から10年。それぞれ暮らしがあり、生活がある。しばらくぶりで4人は再会し、合気道も再開する。(彼らは大学の合気道部の同期だ)

青子は生まれたばかりの子供を亡くし、離婚、しばらくは実家に戻っていたが、ひとり暮らしを始めた。職場でもうまくいかず、周囲の無理解に苦しめられている。そんな彼女が久しぶりに会った茅野の乳がんを知り、彼女を支えたいと思う。1話目の『新しい星』の概要だ。こんなふうにして始まる4人の物語である。なんとなく雰囲気は伝わると思う。

青子と茅野。そして、玄也と拓馬。男女4人が、大人になり(卒業後はそれぞれの人生でいっぱいいっぱいであまり連絡を取り合うことはなかった)10年後の再会を経て、再び以前のように頻繁に会うことになる。それぞれ悩みを抱え、過酷な事情もあり、でも、会って、あるいは電話やメールで近況を交換していくことで、自分たちの毎日と向き合える。会社で上司からの虐めに遭い、ひきこもりを続けていた玄也のエピソード(2話目)のあと、少しずつ彼等のきずなが深まっていく過程が8話の時間を通して描かれていく。これは、途中コロナを挟んだ(だから、最後は未来のお話になる)再会から10年間のお話なのだ。

生と死というドラマが空白の10年の後の10年間のドラマとして描かれていく未来に向けてのメッセージだ。だけどこれは壮大なお話ではない。それどころかささやかすぎる小さな友情の物語だ。だけど、この世界に生きる僕たちがここで何をするべきなのかを教えてくれる。『新しい星』というタイトルが、この作品を通して伝えたかったことのすべてを象徴している。重い内容から故意に力を抜いた力作である。


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