1909年。今のソウル。京城。ある日本人一家の1日。何でもない会話の中から彼らの置かれている今が見えてくる。そして、日韓併合直前の朝鮮の気分も、ほんの少し見え隠れしてくる。平田オリザの傑作シリーズの第1作。今まで何度か見ているけれども、久しぶりの再演を見て、改めてその完成度の高さに驚く。今から30年近く前に書かれた作品なのである。
二十代の若い作家がこういう広い視野から狭い世界を穿つ作品を手にする。しかも、その冷静な切り口と見事な構成。なんでもない描写の中から、不安や不穏な空気が折り込まれていき、何も起こらないのに、起きていくことが伝わってくる。1910年以降、日本統治下に置かれるあの国の様々な問題が、日常のスケッチの中から見えてくる。これは変わることのないいつもの彼のやり方なのだ。
この原点とも言える作品のなかで、確実にそれが高い完成度となり、実現されている。しかもこれがなんと。90分ほどの長さだということも特筆に値する。短さを感じさせない。ゆっくりと少しずつお話は提示されていく。2時間くらいは見た気分にさせられる。もちろんそれは芝居が長く感じたということではない。ここにはそれくらいの情報量が、しかも、さりげなく散りばめられているということだ。それが消化不良になることなく、自然に示されていく。突然のラストも唐突ではなく、納得させられる見事な幕切れだ。いい芝居を見たという心地よい満足感に包まれる。演劇とは何か、という本質的な問題の答えすらここにはある。不在のままのマジシャンに象徴される宙ぶらりんの状態が、何の解決も示されないことも含めて、とてもきれいに90分の中に収まっている。