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映画・演劇のレビュー

『アリスのままで』

2016-05-03 17:46:29 | 映画

 

昨年公開された作品で、内容が内容だけに少しつらそうで、見る勇気がなかなか出なかった。若年性アルツハイマーに罹った女性のお話だ。ジュリアン・ムーアが演じる。50歳の大学教授。3人の子供たちの母親。(彼らは、もう成人している)優しい夫とふたりで暮らしている。仕事も家庭も充実していた。だが、ある時から、少しずつ、記憶が抜け落ちていく。最初は「もの忘れが酷くなったね、年かな、」なんて軽い気持ちだったけど、だんだんこれはおかしい、と思い始める。

 

序盤の展開が上手い。静かに何かが浸食していく。ゆっくりと、確実に蝕まれていく。なんでもないはずの日常が壊れていくさまが、怖い。しかも、この病気が遺伝性であるということが、わかる。自分1人が悲劇のヒロインになれば済むわけではない。子供たちにも影響する。どうして、こんなことに、なんて考えてもどうにもならない。だから、目の前の現実と向き合うしかない。だが、あまりに衝撃は大きくて受け入れられない。

 

こういう映画を見るのはつらすぎて、出来ることなら避けたい。だが、この映画は単純なお涙頂戴ではない。冷静に彼女と彼女の家族の姿を見つめていく。だんだん、勇気が湧いてくる。過酷な状況に立ち向かうとか、そんなのじゃない。死にたいと思うし、泣きたいし、どうしようもない。彼女の強さに共感するとか、そういうのでもない。(もちろん、そういう面もちゃんとあるけど)

 

僕たちは自分の前に横たわる現実から目を背けることなんかできない。でも、ただ受け入れていくしかない、と開き直るほど強くはない。支え合い、でも、支えきれなくて、倒れそうになりながら生きていく。同情なんかいらない。そんなの不可能だし。だけど、そこに誰かがいることが力になる。夫は彼女を支える。子供たちも、だ。それぞれ自分の生活がある。だけど、母を愛おしく思うし、彼女が大好き。彼女に支えられてここまで生きてきたから。

 

「静かなアリス」という原題が、最後に出てくる。そのタイトルが心に沁みる。穏やかに自分の人生を受け入れて(たとえ、こんな受け入れがたい運命であろうとも)最後まで自分として生きる。それが記憶を無くして、真っ白になることであろうとも。

スクリーンの彼女の一挙手一投足から目を離せない。この映画のすべてを見ていたい、と思う。そんな気持ちにさせられる作品だった。

 

 


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