僕の声に気づいたタッツンは、僕を見つめた。
そして僕の隣にいる女性が視界に入ったとたん、一瞬、顔をゆがめたように表情を
変えたが、すぐに静かな微笑みを顔に浮かべた。
「おはようございます」
昼下がりなのに、何よりも十数年ぶりに再会のはずなのに、
タッツンはそう言いながら、お辞儀をした。
照れ隠しであることは、誰が見ても明らかだった。
しかしジェミニも何の躊躇もなく、おはようございますと返事を
しながらお辞儀をした。
あらためて思った。そうなのだ。二人はそんな間柄だったのだ。
その後、再び他愛もない話が続いた。
今、話さなくてもいいような話が泡沫のように浮かんでは消えていった。
しばらくすると、ライブの時間になった。
僕とタッツンは倉庫の中へ。
ジェミニは、子どもを連れて家路に着いた。
別れ際、あの頃と変わらない、優しい微笑みで、ジェミニは僕らを見送った。
「会わない方がよかったか?」
ライブ会場のパイプ椅子に並んで座った僕がタッツンにそう訊いた。
35年のつきあいだ。
まわりくどい尋ね方は、逆にタッツンに失礼だ。
ステージで響くギターの音で聴こえなかったのか、タッツンは、もう一度、
「え?」と僕に尋ねた。僕は繰り返した。
「会わない方がよかったか?」
僕の質問が終わるか終らないか、というスピードで、タッツンはハッキリと頷いた。
タッツンは、白黒ハッキリしているように見えて、実はそうではない。
こういう場合、少し考えてから、やんわりと「会わない方がよかった」と
いうことを言葉を選びながら口にする男だ。要するに、優しい男なのだ。
そんな男が、秒殺で頷いた。
「どうして?」
僕はタッツンの真意を質した。
「あんなに老けているとは思わなったわ・・・会うんじゃなかった」
タッツンは、吐き捨てるようにそう言った。
男なら、分からない気もしない。
きっと、タッツンの中には、20代前半のあの頃のジェミニがずっと
生きていたのだろう。
40年も生きていれば、そういう女性が、男の中には何人かは棲んでいるものだ。
タッツンにとって、きっとジェミニはそういう女性だったのだ。
僕にとっても、ジェミニは20代前半を語る上で、欠かせない女性の一人だ。
でも、いつまでも心に棲んでいるか?と尋ねられたら、たぶん首をかしげると思う。
だからこそ、少し距離を置いて40歳になったジェミニを見ることができ、
キレイに思えたのだと思う。
そもそも、通りすがりに何の迷いもなく声をかけられること自体が、
それを証明しているような気がする。
僕は、それ以上タッツンにジェミニのことを尋ねなかった。
タッツンもジェミニのことを口にしなかった。
ステージでは、マスターがギターを弾きながら歌を歌っていた。
憂歌団の歌だ。サビでマスターが絶叫した。
“胸が痛い、胸が痛い・・・”
夕方帰宅したら、朝からの強行スケジュールと、あまりの晴天と、人ごみに疲れたのか、
寝室の布団の上でゴロゴロしているうちに、瞼が重くなってそのまま寝てしまった。
枕元に置いた携帯電話のバイブの音で目が覚めた。
辺りはもう、薄暮だった。
電話を手にする。
電話の着信が1本。
メールの着信も1本。
電話は愛車Twin仲間の方からで、タイヤとホイールとマフラーを格安で売ってくれると
いう、余りの嬉しさに飛び上がりそうな電話だった。
メールはタッツンからだった。
メールの文面を読んだ。
そこには、昼間のタッツンの言葉と相反する言葉が書いてあった。
内容は、秘密だ。
だって、35年のつきあいだからな。
だからこそ、メールの文面の真意も分かる。
それでいいんだと、思った。
タッツンのメールを読んだ後、僕はまた「カシオペアの丘で」を思い出した。
こじつけかもしれないが、最近、この小説とリンクするような出来事が
多いような気がする。
過去には、戻れないし戻りたくない。
でも、自分の過去は素直に受け入れてやりたい。
そこから、また今日を、明日を、1日ずつ過去にしていけばいい。
そう、思う。
そして僕の隣にいる女性が視界に入ったとたん、一瞬、顔をゆがめたように表情を
変えたが、すぐに静かな微笑みを顔に浮かべた。
「おはようございます」
昼下がりなのに、何よりも十数年ぶりに再会のはずなのに、
タッツンはそう言いながら、お辞儀をした。
照れ隠しであることは、誰が見ても明らかだった。
しかしジェミニも何の躊躇もなく、おはようございますと返事を
しながらお辞儀をした。
あらためて思った。そうなのだ。二人はそんな間柄だったのだ。
その後、再び他愛もない話が続いた。
今、話さなくてもいいような話が泡沫のように浮かんでは消えていった。
しばらくすると、ライブの時間になった。
僕とタッツンは倉庫の中へ。
ジェミニは、子どもを連れて家路に着いた。
別れ際、あの頃と変わらない、優しい微笑みで、ジェミニは僕らを見送った。
「会わない方がよかったか?」
ライブ会場のパイプ椅子に並んで座った僕がタッツンにそう訊いた。
35年のつきあいだ。
まわりくどい尋ね方は、逆にタッツンに失礼だ。
ステージで響くギターの音で聴こえなかったのか、タッツンは、もう一度、
「え?」と僕に尋ねた。僕は繰り返した。
「会わない方がよかったか?」
僕の質問が終わるか終らないか、というスピードで、タッツンはハッキリと頷いた。
タッツンは、白黒ハッキリしているように見えて、実はそうではない。
こういう場合、少し考えてから、やんわりと「会わない方がよかった」と
いうことを言葉を選びながら口にする男だ。要するに、優しい男なのだ。
そんな男が、秒殺で頷いた。
「どうして?」
僕はタッツンの真意を質した。
「あんなに老けているとは思わなったわ・・・会うんじゃなかった」
タッツンは、吐き捨てるようにそう言った。
男なら、分からない気もしない。
きっと、タッツンの中には、20代前半のあの頃のジェミニがずっと
生きていたのだろう。
40年も生きていれば、そういう女性が、男の中には何人かは棲んでいるものだ。
タッツンにとって、きっとジェミニはそういう女性だったのだ。
僕にとっても、ジェミニは20代前半を語る上で、欠かせない女性の一人だ。
でも、いつまでも心に棲んでいるか?と尋ねられたら、たぶん首をかしげると思う。
だからこそ、少し距離を置いて40歳になったジェミニを見ることができ、
キレイに思えたのだと思う。
そもそも、通りすがりに何の迷いもなく声をかけられること自体が、
それを証明しているような気がする。
僕は、それ以上タッツンにジェミニのことを尋ねなかった。
タッツンもジェミニのことを口にしなかった。
ステージでは、マスターがギターを弾きながら歌を歌っていた。
憂歌団の歌だ。サビでマスターが絶叫した。
“胸が痛い、胸が痛い・・・”
夕方帰宅したら、朝からの強行スケジュールと、あまりの晴天と、人ごみに疲れたのか、
寝室の布団の上でゴロゴロしているうちに、瞼が重くなってそのまま寝てしまった。
枕元に置いた携帯電話のバイブの音で目が覚めた。
辺りはもう、薄暮だった。
電話を手にする。
電話の着信が1本。
メールの着信も1本。
電話は愛車Twin仲間の方からで、タイヤとホイールとマフラーを格安で売ってくれると
いう、余りの嬉しさに飛び上がりそうな電話だった。
メールはタッツンからだった。
メールの文面を読んだ。
そこには、昼間のタッツンの言葉と相反する言葉が書いてあった。
内容は、秘密だ。
だって、35年のつきあいだからな。
だからこそ、メールの文面の真意も分かる。
それでいいんだと、思った。
タッツンのメールを読んだ後、僕はまた「カシオペアの丘で」を思い出した。
こじつけかもしれないが、最近、この小説とリンクするような出来事が
多いような気がする。
過去には、戻れないし戻りたくない。
でも、自分の過去は素直に受け入れてやりたい。
そこから、また今日を、明日を、1日ずつ過去にしていけばいい。
そう、思う。