12.日南線「海幸山幸」の旅とお預けの昼食
観光特急「海幸山幸」は日南線を宮崎から南郷までを結ぶ。
車両は廃止となった高千穂鉄道で使用されていたもの2両をJR九州が購入、
同社のデザイン顧問である水戸岡鋭治氏によって観光列車にふさわしいデザインで生まれ変わった。
この車両はキハ125系に編入され、400番台に付番されている。
車内は2列+1列の座席配置で、1列側であるC席を取ることが出来た。
検札する時に「~ハッピー・バースデイ♪九州パス~」を見て、
アテンダントに「お誕生日おめでとう御座います。」と云われた。
何気ない一言だが、こういったことが気持ちを明るくしてくれる。
JR九州の“おもてなし精神”を見たような気がする。
特急「海幸山幸」は10:06に宮崎駅を出て南宮崎から日南線に入って南郷を目指す。
車内で購入した元祖椎茸めしを朝食として喰う。
途中、青島駅を過ぎたあたりから車窓には海が見えてくる。
この海岸線は「鬼の洗濯板」と呼ばれる波状岩が約8kmも続いている。
この付近を通過する時は徐行して車窓を楽しめるようなダイヤとなっている。
途中、飫肥駅では10分の停車時間が取られていて、
乗客はホームに出て、そこで売られている地元の特産物などを買うことが出来る。
また列車を背景に記念写真を撮る乗客も多い。
その間に駅取材をして、この列車の終点のひとつ前の油津で下車する。
帰りには終点の南郷から乗り込むので、駅取材のために敢えてひとつ手前で下車したのだ。
24分の乗り換え時間でここからは普通列車で1時間11分かけて、
日南線の終着駅である志布志に行く。
この駅の近くの鉄道記念公園には、かつて日南線で活躍した鉄道車両が静態保存されている。
静態保存されているC58型112号機、ヨ8951、キハ52形130号車など取材、
再び志布志に戻って駅取材し、35分の乗り換え時間で再び日南線を戻り南郷を目指す。
南郷駅に到着したのは既に14:41で、ここで少し遅めの昼食を喰うことにしていた。
乗り換え時間は53分と余裕があるため、店を探す時間は充分にある・・・と企画段階では思っていた。
しかし近くを散策しても開いている店がない。
飲食店と思われる店はあるのだが、全て閉店中だった。
時間が遅すぎて昼の営業時間は終わり、夜の準備時間になっているのだろう。
また辺りを散策して分かったのだが、市町村合併により日南市と合併したために町役場も閉鎖となっている。
このことが付近の飲食店を廃業に追い込んだのかもしれない。
結局乗り換え時間を駆使して辺りを散策したのだがコンビニもなく、
結局食料を購入できそうな店は“A・COOP南郷店”だけだった。
仕方がないのでここで200円のカレーライスを20%引きで160円で購入して、
特急「海幸山幸」の車内で喰うことにした。
昼食もこの列車の中で喰うことになるとは・・・。
とほほ・・・。
15:35に始発の南郷駅を出た観光特急「海幸山幸」は1時間39分かけて宮崎まで戻る。
この列車に使用される専用の気動車キハ125-401+キハ125-402は、
キハ125-401の1号車には「山幸」、キハ125-402の2号車には「海幸」と名付けられている。
2号車の一部は自由席もあり、車内も水戸岡さんらしい木を使ったデザインが特徴的。
列車名の「海幸山幸」は日本の神話から来ている。
その内容は子どもにも分かりやすく要約され、「うみさちやまさち」という話として、
紙芝居になってアテンダントが子供たちに話をしている。
大国主命から国譲りを受けて高天原から葦原中国に下りてきたニニギノミコトと、
コノハナサクヤヒメノミコトの間に生まれた3兄弟のうち、
海幸彦は漁師、山幸彦は漁師をしていたが、ある時山幸彦が海幸彦と互いの道具を交換しようといい、
海幸彦は渋々交換したが山幸彦が両の途中で大事は釣り針を無くしてしまい、
怒りを買った海幸彦はシオツチノカミの提案でワタツミノカミの宮殿に行き、
そこで豊玉姫と出会い3年暮らすが、海幸彦との約束を思い出して釣り針を探して貰い、
ワタツミの神の力を得た山幸彦は海幸彦に釣り針を返し、
さらに嫌がらせをしてくる海幸彦を懲らしめ、遂に海幸彦は屈服したという。
ほかのJR九州の観光列車と同様に「記念乗車証」が配られる。
裏側にはスタンプが押せるようになっていて、以下のように書かれている。
日向神話と海幸山幸
天上界から地上に降臨したニニギノミコトの長男は海幸彦、三男は山幸彦。
ある日海幸彦に借りた釣り針をなくした山幸彦は兄に責められ、
海神ワタツミのもとを訪れ娘のトヨタマヒメと結ばれ、釣り針を取り戻します。
ワタツミから授かった二つの玉で潮の干満を自由に操り、山幸彦は海幸彦を服従させます。
海幸彦は隼人族の祖先、山幸彦は天皇家の祖先とされています。
特急海幸山幸は、このような日向神話の舞台を駆け抜けます。
アテンダントに時刻表を借りて、予定では宮崎駅の乗り換え時間が22分となっているが、
宮崎駅は既に取材済みであり、ひとつ手前の南宮崎で駅取材できるか調べる。
特急「海幸山幸」は17:14に宮崎に到着して17:36始発の特急「きりしま17号」に乗り換える。
南宮崎に到着するのは17:09で、特急「きりしま17号」は17:42に南宮崎を出発する。
これなら距離が少し短くなったが時間的にはほぼ変わりない。
充分に取材できると判断して南宮崎での下車を決行、
南宮崎駅はJR宮崎総合鉄道事業部が併設されていて気動車が留置されており、
駅取材の後に車両取材する。
車両取材している途中で宮崎から折り返した「海幸山幸」のキハ125系400番台も見えた。
ここで充分な取材をして特急「きりしま17号」に乗り込む。
観光特急「海幸山幸」は日南線を宮崎から南郷までを結ぶ。
車両は廃止となった高千穂鉄道で使用されていたもの2両をJR九州が購入、
同社のデザイン顧問である水戸岡鋭治氏によって観光列車にふさわしいデザインで生まれ変わった。
この車両はキハ125系に編入され、400番台に付番されている。
車内は2列+1列の座席配置で、1列側であるC席を取ることが出来た。
検札する時に「~ハッピー・バースデイ♪九州パス~」を見て、
アテンダントに「お誕生日おめでとう御座います。」と云われた。
何気ない一言だが、こういったことが気持ちを明るくしてくれる。
JR九州の“おもてなし精神”を見たような気がする。
特急「海幸山幸」は10:06に宮崎駅を出て南宮崎から日南線に入って南郷を目指す。
車内で購入した元祖椎茸めしを朝食として喰う。
途中、青島駅を過ぎたあたりから車窓には海が見えてくる。
この海岸線は「鬼の洗濯板」と呼ばれる波状岩が約8kmも続いている。
この付近を通過する時は徐行して車窓を楽しめるようなダイヤとなっている。
途中、飫肥駅では10分の停車時間が取られていて、
乗客はホームに出て、そこで売られている地元の特産物などを買うことが出来る。
また列車を背景に記念写真を撮る乗客も多い。
その間に駅取材をして、この列車の終点のひとつ前の油津で下車する。
帰りには終点の南郷から乗り込むので、駅取材のために敢えてひとつ手前で下車したのだ。
24分の乗り換え時間でここからは普通列車で1時間11分かけて、
日南線の終着駅である志布志に行く。
この駅の近くの鉄道記念公園には、かつて日南線で活躍した鉄道車両が静態保存されている。
静態保存されているC58型112号機、ヨ8951、キハ52形130号車など取材、
再び志布志に戻って駅取材し、35分の乗り換え時間で再び日南線を戻り南郷を目指す。
南郷駅に到着したのは既に14:41で、ここで少し遅めの昼食を喰うことにしていた。
乗り換え時間は53分と余裕があるため、店を探す時間は充分にある・・・と企画段階では思っていた。
しかし近くを散策しても開いている店がない。
飲食店と思われる店はあるのだが、全て閉店中だった。
時間が遅すぎて昼の営業時間は終わり、夜の準備時間になっているのだろう。
また辺りを散策して分かったのだが、市町村合併により日南市と合併したために町役場も閉鎖となっている。
このことが付近の飲食店を廃業に追い込んだのかもしれない。
結局乗り換え時間を駆使して辺りを散策したのだがコンビニもなく、
結局食料を購入できそうな店は“A・COOP南郷店”だけだった。
仕方がないのでここで200円のカレーライスを20%引きで160円で購入して、
特急「海幸山幸」の車内で喰うことにした。
昼食もこの列車の中で喰うことになるとは・・・。
とほほ・・・。
15:35に始発の南郷駅を出た観光特急「海幸山幸」は1時間39分かけて宮崎まで戻る。
この列車に使用される専用の気動車キハ125-401+キハ125-402は、
キハ125-401の1号車には「山幸」、キハ125-402の2号車には「海幸」と名付けられている。
2号車の一部は自由席もあり、車内も水戸岡さんらしい木を使ったデザインが特徴的。
列車名の「海幸山幸」は日本の神話から来ている。
その内容は子どもにも分かりやすく要約され、「うみさちやまさち」という話として、
紙芝居になってアテンダントが子供たちに話をしている。
大国主命から国譲りを受けて高天原から葦原中国に下りてきたニニギノミコトと、
コノハナサクヤヒメノミコトの間に生まれた3兄弟のうち、
海幸彦は漁師、山幸彦は漁師をしていたが、ある時山幸彦が海幸彦と互いの道具を交換しようといい、
海幸彦は渋々交換したが山幸彦が両の途中で大事は釣り針を無くしてしまい、
怒りを買った海幸彦はシオツチノカミの提案でワタツミノカミの宮殿に行き、
そこで豊玉姫と出会い3年暮らすが、海幸彦との約束を思い出して釣り針を探して貰い、
ワタツミの神の力を得た山幸彦は海幸彦に釣り針を返し、
さらに嫌がらせをしてくる海幸彦を懲らしめ、遂に海幸彦は屈服したという。
ほかのJR九州の観光列車と同様に「記念乗車証」が配られる。
裏側にはスタンプが押せるようになっていて、以下のように書かれている。
日向神話と海幸山幸
天上界から地上に降臨したニニギノミコトの長男は海幸彦、三男は山幸彦。
ある日海幸彦に借りた釣り針をなくした山幸彦は兄に責められ、
海神ワタツミのもとを訪れ娘のトヨタマヒメと結ばれ、釣り針を取り戻します。
ワタツミから授かった二つの玉で潮の干満を自由に操り、山幸彦は海幸彦を服従させます。
海幸彦は隼人族の祖先、山幸彦は天皇家の祖先とされています。
特急海幸山幸は、このような日向神話の舞台を駆け抜けます。
アテンダントに時刻表を借りて、予定では宮崎駅の乗り換え時間が22分となっているが、
宮崎駅は既に取材済みであり、ひとつ手前の南宮崎で駅取材できるか調べる。
特急「海幸山幸」は17:14に宮崎に到着して17:36始発の特急「きりしま17号」に乗り換える。
南宮崎に到着するのは17:09で、特急「きりしま17号」は17:42に南宮崎を出発する。
これなら距離が少し短くなったが時間的にはほぼ変わりない。
充分に取材できると判断して南宮崎での下車を決行、
南宮崎駅はJR宮崎総合鉄道事業部が併設されていて気動車が留置されており、
駅取材の後に車両取材する。
車両取材している途中で宮崎から折り返した「海幸山幸」のキハ125系400番台も見えた。
ここで充分な取材をして特急「きりしま17号」に乗り込む。