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モローの絵画は、秘密の宝石箱。
内から輝くその光は、純粋にして高貴。
パリのラ・ロシュフコー通りにある、モロー美術館。
生前のモローの住居を、本人の意思により国に寄贈し、モローの美術館となった。
初代の館長に、モローの教え子でもあったジョルジュ・ルオーが就任していた。
当時の面影そのままに、モローの絵が展示されている。
神話を主題に絵を描き続けたモローは、とりわけ水彩にその瑞々しい感性がほとばしっている。
対光性の弱い水彩の作品は、特別に誂えた棚に収納展示されている。
その扉を一枚開くたびに、親密な人に逢うかのような面映いときめきを覚える。
幸運にも、来場者のほとんどいないときにここを訪れたとき、恋人と二人きりで逢い引きをしているような気分になる。
管理人が、気を利かせて、水彩の棚の鍵を開けてくれたときには、もう天にも昇る夢心地になったものだ。
彼の油彩は、あまりにも緻密に描ききっているので、少し居心地がよくない。
そのエマイユのような光沢のある画面には、合わせ鏡のラビリンスに迷い込んだみたいに、硬さと冷たさがある。
”サロメ”も”一角獣と貴婦人””ユピテル”・・・でも、あえてこのラビリンスに迷い込んでみたと、しなやかに強く魅惑的な白い手が、私の心を掴んで引き寄せていく。
もはや、抗うことなどできはしない。
モローの虜になってしまった身としては。
自分にとっての特別な日は、やはりモローの絵で祝福したいと考えた。
モローの絵は、自分にとって特別だから。