イスカ 真説邪気眼電波伝・41
『人生最大の拍動』
移動教室の四限が終わって渡り廊下を食堂に急いでいると、眼下の車寄せに西田さんと年配の女性が見えた。
続いて香奈ちゃん先生の後姿が見えたので、お母さんが迎えに来たところだろうと見当が付く。
五十代前半みたいだけど、襟を立てた白っぽいスーツに青いスカーフ、足許はスーツよりもトーンを落としたパンプスで、なんだかイカシテる。西田さんはイスカのアバターなんで、そのお母さんもNPCみたいなもんで、いかにもお母さんという感じだと思っていたので意外だ。
香奈ちゃん先生とお母さんがお辞儀のエンカウント、先生の方がずっと若いはずなんだけど、気品と貫録でお母さんの勝利になって車に収まった。収まる時は運転手が出てきてドアを開けた、お辞儀をしているところを見るとお父さんではない。なんちゅうかお抱え運転手?
「民自党の西田しほり……?」
オレの横で佐伯さんが呟いた。
「知ってるの?」
「うん、ここんとこ張り切りまくってる女性議員、民自党の女性議員じゃ一番総理大臣の椅子に近いって噂よ。お母さんも何度かパーティーに呼ばれたの」
そうなんだ、佐伯さんのお母さんは有名な女優さんで、政治家のパーティーなんかにも顔を出すらしい。
でも、小学校のころのイスカは籾井って苗字だった、いや、アバターだから……考えたらこんぐらがりそうなので、車が校門を出て行くのを見送って思考を停止した。「お昼いっしょに食べよ!」と佐伯さんに言われては、オレのナマクラな脳みそは活動を停止せざるを得ない。
きのうの修羅場をいっしょに潜ったことで、距離が縮まり、ちょっとした同志の気持ちを持ってくれているのなら嬉しすぎる。
「やっぱり平和なのがいいわよね……」
A定食のライス少な目を口に運びながら佐伯さんが呟く。白身魚のフライを箸で挟んだまま、ちょっと遠くを見る目になって、半開きになった口から白い歯が覗いている。オレがやったら妹の優姫に「死ね!」と言われるような間抜け面になる自信がある。でも、佐伯さんがやると、美しさに親しみやすい奥行きができるというか、そういう呆けた表情を間近で見せてくれることがなんとも嬉しい!
オレ、きっと間抜けな顔になってる……オレは不器用承知で顔を引き締めた。
「あら、真剣な顔……昨日のこと思い出したり?」
労わりを含んだ声で聞いてくれる。オレ如きに……やっぱ、佐伯さんはいい人だ。
「激戦だったけど、イスカが頑張ってくれて、しばらくは大丈夫だと思うよ」
安心してもらおうと笑顔を作ろうとするが、五十センチまで顔を寄せられ、オレは俯いてしまう。
「ひょっとして……成績?」
言われて愕然となった。
イスカが面倒見てくれて、なんとか人並みにやれそうな雰囲気になったけど、イスカが倒れた今、オレの成績は失速? いや、急降下? いや、真っ逆さまに地獄に激突間違いなし!
「大丈夫?」
佐伯さんの顔がさらに十センチ近くなった。
「え、あ、あ……」
パニクっていると、さらに五センチ近くなって、佐伯さんは、スゴイことを言った。
「そうだ、わたしがカテキしてあげようか!?」
ドッキン!!
オレの心臓は人生最大の拍動を記録した。