イスカ 真説邪気眼電波伝・36
『姫騎士ブスの危機一髪!』
ウギャーーーーーーーーーーーーーーーーー!!
赤ん坊みたいな悲鳴をデクレッシェンドさせながら、ブスは崖から落ちた。
落ちる瞬間――なんで助けないのよおおおお!――という目をしたが放っておく。
だって、ブスを崖っぷちに追い詰めたピーボスはオレに狙いを定めたからだ。
カッカッカと前足で地面を掻くと、日ごろは可愛いと言っていいまん丸の目を三角にし、ブヒヒイイイ! と跳びかかって来た。
セイ!
瞬時にコマンドバーBを選択、右手のソードを振り上げるとともに跳躍し、突進してくるピーボスを躱すと同時に急所の首の付け根に突き立てる!
プギーーーー!
一声鳴くと、首にソードが付き立ったままピーボスは薮の中に消えて行った。
「お、オレのソード!」
ジャンピングアタックはクリティカルになればピーボスレベルならば一撃で倒せる。しかし『幻想神殿』をやり始めた、ほんの一週間ほどしか狩をやったことがないオレは、むざむざとソードを持っていかれてしまった。
手負いのピーボスなので、すぐに追いかければHPが尽き果てたところを発見できるのだが、崖下に落ちたブスを放っておくわけにもいかない。実際、こう逡巡している瞬間にも崖下から消え入りそうなブスのうめき声が聞こえている。
し、仕方ねえなあ……!
持っていきようのないいら立ちを、ガシっと地面をけることで紛らわせ、腹這いになって崖下を覗いた。
え……?
四階建ての校舎の高さほどはあろうかと思った崖は五十センチほどしかなかった。
でもって、腹ばいで突き出したオレの顔とひっくり返っているブスの顔が三十センチちょっとの近さで重なった。
涙目になってむくれているブスを、不覚にも可愛いと思ってしまった。い、いかんいかん。
「ちょっと、早く助けなさいよ!」
「これくらい、自分で起きられるだろ」
「お、乙女のピンチを救うのはナイトの務めでしょうが!」
「へいへい」
手を伸ばして引き上げようとするが、ブスはフルフルと首を横に振る。
「ち、ちがうでしょ、降りてきて抱っこしなさいよ! グズ!」
たった今「可愛い」と思った気持ちが掻き消える。しかし、事を荒立てないことをモットーにしているオレは舌打ち一つせずに下りて、ブスをお姫様ダッコにして助けてやる。そのグニャリとした手応えに――こいつ、腰を抜かしたな――と思いつつ、余計なことは言わない。
「ピーボアが、あんなに強いなら言ってよね!」
「あれはピーボスって言って、別のモンスター……」
「だって、あいつのお尻を発見した時に『ピーボア!』って叫んだでしょ!」
「『ピーボス!』って言ったんだ」
「うそ、ピーボアだったわよ。ピーボスだったらバトルなんかしないもん!」
「いや、ピーボスにしたってレベルはたったの3だから。スライムに毛の生えたようなもんだ、躱しながら切りかかれば三回ぐらいで倒せるから」
かっこよく一撃で倒そうとしてソードを持っていかれたことは言わない。
「そ、そんなの知らないもん。だいいち、ザコ見つけたらチュートリアル代わりにやっておこうって言ったのはナンシーでしょ」
「そんなにヘタクソだとは思わねえよ! そのシルバーアーマーの赤マントは、どこの姫騎士だってナリだもんな!」
「もう、そんなにポンポン言わなくってもいいでしょ! もう、今日は野営にするわよ」
「あ、わりい、オレ、もう落ちなきゃ、朝起きれなくなっちまう」
「ええ、もう?」
「リアルじゃ、もう午前一時だ。ネトゲのやり過ぎで休むわけにもいかねえからな」
ほんとは、もう一時間くらいはやっていてもいい時間なんだけど、リアルでも大変な一日だった、さすがに限界……。