大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・イスカ 真説邪気眼電波伝・31「マトリックス」

2018-02-09 14:31:55 | ノベル

イスカ 真説邪気眼電波伝・31

『マトリックス』

 

 

 魔物やモンスターばかりの一日だった。

 

 学校に着くなり時間が停まっていてドラゴンと戦うハメに、昼には三宅先生に取りついた魔物と命のやり取り。気のいい佐伯さんまで巻き込んでしまった。パラレルから飛ばされてきた三宅先生は、ここがパラレルだとも気づかず、海水に入れられた淡水魚のように死んでしまった。やっと落ち着いた帰り道、危うく愚妹の優姫に化けた土くれに化かされるところだったが、イスカの機転で大事に至る前に退治することができた。

「なによ、人懐っこい顔して」

 脱いだ靴を揃えているイスカをシミジミ見てしまった。

「え、あ、いや、ごめん」

「気持ちは分かるわ、大変な一日だったものね。我が家の温もりに、思わずシミジミしたのよね……その安堵感の何割かがわたしだったら嬉しい」

「めがね……」

「え?」

 イスカが眼鏡をかけていないことに気づき、イスカも、いま初めて気づいた様子だ。

「あ、バトルが続いたんで無くしちゃったかな……」

 言いながらマジシャンのように手を回すと眼鏡が現れた。

「眼鏡無いのもいいよ……」

「ハハ、そんな惜しそうに言われたら掛けられないわね」

 他愛のないことを言いながら部屋のドアを開ける。

 玄関に入ってきた時以上の温もりを感じてベッドに直進して横になってしまう。

「ごめん、すぐに起きるから……」

「いいわよ、わたしもなんだか……」

 イスカもオレの横に並んでしまう。オヤオヤとは思うんだけど、こんなにリラックスできるんだ、当然か。

「しばらく起きれないかも……」

「いいわよ、わたしが起こしてあげる……」

 そう言いながら、イスカは気持ちよさそうに目を閉じてしまう。

――ま、いいか――

 いろんなことがあり過ぎた一日だ、少しくらい自分を甘やかしてもいい……。

 

 目を閉じると、ごく小さいころにお袋の膝で眠ってしまったような懐かしさになる……いや、まるで子宮の中にいるような安心感だ。

「お茶が入りました……」

 優姫がお盆にお茶を載せて入って来た。優姫も、いっそう優し気だ。

 その優しさは、家の優しさと結びついて……オレも家と同化してもいいという気持ちになる。

 机にお茶を置く優姫は、羨ましくも同化が始まっていて、部屋のあちこちから伸びてきた菌糸がくっ付き始めている……ああ、出来かけの繭の中の蚕って……こんな感じだったよな……小学校でみた学習映画を思い出した。

 

 ビチ ビチビチビチビチビチビチ!

 

 ガムテープを剥がすような音をさせてイスカが起き上がった!

 髪や制服はベッドと一体化し始めていて、何百本かの髪と制服の破れが持っていかれたが、半裸になったまま優姫に跳びかかった。

「油断していたああああああああああああああああああ!」

 ネバネバのまま優姫に跳びかかると、ネチャネチャ音をさせながら取っ組み合いになり、やがて右こぶしを千枚通しのようにして優姫の頭を刺し貫き、溶けかけのゴム人形のように頭を引き抜こうとした。

 ネチョーーーーーーブチュ!

 名状しがたい音をさせてくびが抜けた。

「逃げるわよ、掴まって!」

 ごきぶりホイホイに掴まった仲間を助けるようにオレを引き剥がしにかかるイスカ。

「い、い、痛い! いててて! 痛えーーーーーー!」

 

 ブチョ! ズブズブズブズブブブブブブーーーーージュポ!

 

 イスカの頑張りで、抜け出したのは、ついさっき夕焼けを愛でていた切通だ。

 家の方を振り返ると、そこには巨大な、それこそ家ほどの大きさの肉塊、それが断末魔に身を捩っている。

「マトリックス……」

 イスカが、ちょっと昔の映画のタイトルを呟いた。

「え?」

「子宮って名のモンスターよ……多分、今日一日のことはあいつが仕組んだことよ……何度も痛めつけて、最後は得物が安息を求めるところまで疲弊させて、最後には自分の中に取り込んで生まれ変わらせる……あのままいっていたら、ルシファーの下僕にされていたわ……危ないところだった、ほんとうに……」

 そう言うと、イスカはオレにしなだれかかって来た。

 エネルギーが不足してきたんだ。もう分かっていたから、イスカのするに任せてやる。いや、オレの方からも腕を回して抱きしめてやる。もう、何度もやったエネルギーのチャージだ……と思っていたら、イスカの体がめり込んできた。

 出来の悪いCGがポリゴン抜けをするのに似ている。

「ちょっと間に合わなかった……」

 残念そうに言うと、まるでHPを完全に失って、最終セーブポイントまで転送されて行くプレイヤーのように儚くなっていった。

 

「イスカ……」

 

 イスカの姿もマトリックスも切通も消えて行ってしまった。

 そうだよ、オレの近所に見晴らしのいい切通なんかねえもんな……。

 

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高校ライトノベル・ライトノベルベスト・ボクとボクの妹

2018-02-09 07:20:13 | ライトノベルベスト

ボクとボクの        


 ボクの妹は、自分のことを「あたし」という。気持ちの悪い奴だ。

 といって、ボクは男ではない。れっきとした十八歳に成り立ての女子高生だ。
 世間ではボクのようなのを『ボク少女』などとカテゴライズされていて、ネットで検索すると以下のようである。

 ボク少女(ボクしょうじょ)、またはボクっ子(ボクっこ)、ボクっ娘(ボクっこ)、僕女(ぼくおんな)は、男性用一人称の「ボク」などを使う少女のこと。 Wikipediaより

 生まれて気づいたら、自分のことを「ボク」と呼んでいた。
 ボクは、いわゆる「女の子」というのを拒絶している。悔しいことにWikipediaでも同じように書いてある。あれとは、ちょっとニュアンスが違うんだけど、文字にすると同じようになる。

「お姉ちゃんは否定形でなければ、自己規定ができないんだ。そんなの太宰治みたいに若死にするよ」
 とニベもない。
 ボクだって、社会常識はある。「ボク」と言っていけないシュチエーションでは「私」という中性的な一人称を使う。そう、例えば職員室とか、面接の練習とか、お巡りさんに道を聞くとき(まだ聞いたことはないけど)とか。

「春奈なに編んでんのさ?」
「見りゃわかるでしょ」
「分からないから聞いている」
「ミサンガよ」
「やっぱし……」
 風呂上がりの髪を乾かしながらため息が出た。
「なによ、ため息つくことないでしょ」
「なんで、ニサンガぐらいの名称にしないんだ……」
「ニサンガ……なに、それ?」
「六だ、二三が六。九九も知らないの?」
「じゃ、ミサンガは?」
 そう言いながら、赤糸と金糸を器用に編み込みにしていく。
「六にならん。ロクでもない。しいて言えば九だ。苦を編み出しているようなもんだ」
「お姉ちゃん、シャレになんないよ。これ、吉野先輩にあげるんだからね!」
「ああ、あの野球部のタソガレエースか」
「タソガレは侮辱だよ」
「事実だ。今年も三回戦で敗退。プロはおろか実業団とか大学の野球部からも引きがない。あいつの野球人生も、今度の引退試合が花道だろ……それも勝ってこそだけどな」
「怒るよ、お姉ちゃん!」
「勝手に怒れ。ボクは真実を言ってるんだ」
「いいもん。あたしは、こういう女の子らしい道を選ぶんだから。行かず後家まっしぐらのボク少女とはちがうのよ!」
「行かず後家ってのは、ちょっち差別だぞ。一生シングルで生きても立派な女の人生だ」
「田嶋陽子みたくなっちゃうぞ!」
「田嶋さんをバカにするな。尊敬する必要もないけどな」
「なによ、十八にもなって、彼氏もいないくせして!」
「春奈は、ボクのことを、そんなに浅い認識でしか見ていなかったのか?」
「だって、吉野先輩のこととか、メチャクチャに言うから」

 ボクは、無言のまま押入から紙袋を出してぶちまけた。

「なに、これ……?」
「こないだの誕生日に男どもが、ボクに寄こしたプレゼント。よーく見なさい!」
 妹は、プレゼントの一つから目が離せなかった。
「こ、これは……」
「そう、春奈のタソガレエースからの」
「くそ……よりにもよって、お姉ちゃんに!」

 妹は、発作的にハサミを持ち出して、編みかけのミサンガを切ろうとした。

 パシーン!

 派手な音をさせて、妹を張り倒した。加減はしている。鼓膜を破ることも口の中をきるようなタイミングでもない。春奈が歯を食いしばったのを狙って張り倒している。

「バカ、春奈は、そういうアプローチの道を選んだんだろう。だったら、そのやり方でやりきってみろ。意地でも、あの野球バカを自分に振り向かせてみろ。運良く、ボクはあんな男には興味ないからな」
「く、悔しい……!」
「いったん休憩して、風呂入ってこい。そいで続き編んで、明日野球バカに渡せ」
「試合は、今度の日曜……」
「だからバカなの!」
「なによ!」
「あげるんなら、早い方がいい。あの野球バカは、ボクにプレゼントするのに一カ月かけて欲しいモノ調べやがったんだよ。赤のシープスキンの手袋……やってくれたね。あやうくウルってくるとこだったよ。がんばれ妹!」
「でも、これじゃ勝負になんないよ」
「バカ春奈。戦う前に負けてどーすんだよ。さ、風呂だ。こうやってる間にも給湯器クンは懸命に風呂の追い炊きやってくれてるんだ……じれったいなあ!」

 あたしは、タンスからパジャマとパンツを出して妹の胸に押しつけ、部屋から追い出した。

 妹は、ほとんど忘れているけど、ボクたちには兄がいた。ボクが四つのとき亡くなった。ボクは、ボクの記憶の中でもおぼろになりかけている兄のためにも生きていかなければと思っている。

 だから「ボク」……バカ言っちゃいけない。ボクたちに、ちゃんとしたアイデンティティーを示してくれなかった大人が……学校が、国が……よそう、これもグチだ。

 あの震災で、パッシブなアイデンティティーと忍耐は学んだ。でも、人間って、もっとアクティブでなきゃいけないと思う。
 あのとき、そのアクティブを見せてくれた兄。うまく言えないけど、自衛隊の人たちにも、それを感じた。
 だから、ボクは自衛隊の曹候補生の試験をうけて合格した。

 入学式は、お父さんと妹と、妹のカレになった野球バカも来てくれた。それから妹は神楽坂48の研究生のオーディションに受かった。妹は、慰問に来てくれたAKBのファンだったけど、完成されたAKBよりも、可能性の神楽坂に可能性を見出した。ひょっとしたらボク以上に先を見る目ができたのかもしれない。

 神さまは、いつか「ボク」に変わる一人称……言えるようにしてくれると信じて。

 2025年  三島春香 

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