アーケード・1
《具足駆けと具足祝い》
相賀市は関東平野の要衝の地にあって清々しいほどに空が広い。
その広い空の下に相賀城址があって、相賀市はその南西方向にナスビの形に広がっている。
ナスビのヘタが相賀城であり、ナスビの真ん中を東西に白虎通りが走っており、白虎通りは西端の白虎駅手前で茶杓の先ほどに湾曲していて、その300メートルほどの茶杓の先が明治のころから商店街になっている。県下でも早くからアーケードが設置されてきたので、本名の『白虎通り商店街』よりも通り名である『アーケード』の方で知られている。
そのアーケードをガチャガチャと赤具足の鎧武者が駆け抜けていく。
南蛮胴の正面と六十二間の筋兜の前立てには六文銭があり、流行りの真田信繁にちなんだものであることが分かる。
相賀の住人は具足の音には敏感である。準備中のアーケードの住人が箒や商品を手にしたまま東に向かう鎧武者に注目した。
「あ!」と、靴屋のふーちゃんが。
「おお!」と肉屋のりょうちゃんが。
「まあ!」と喫茶店のめいちゃんが。
「いよいよね!」と家具屋のみーちゃんが。
「やったねー!」と花屋のあやちゃんが。
「よし!」と西慶寺のはなちゃんが。
そして開店準備に忙しい他のアーケードの人たちも、通勤途上でアーケードを行く人たちも驚きの表情で鎧武者を見送った。
鎧武者は相賀城址の大手門を潜り、小さな桝形で横に曲がり、満開の桜の下三か所の石段を駆けあがると本丸広場にたどり着いた。早くから来ていた観光客は時ならぬ鎧武者の闖入を喜び例外なくスマホやデジカメを向ける。
広い空を眉庇(まびさし)上げて一瞥をくれると天守に一礼し「エイオー、エイオー」の掛け声を高らかに発して元の道を戻っていく。
アーケードに戻ると、あいかわらず人々の祝福を受けたが、鎧武者は規則正しい具足の響きと「エイオー、エイオー」の掛け声だけで応え、息も乱さずにアーケード西の外れの鎧屋の中に入っていった。
「すぐに解け」
鎧屋の主人岩見甲太郎は、鎧武者と互いに一礼すると、ただちに、弟子のきららに手伝わせ鎧武者の赤具足を解きにかかった。
「たまら~ん!」
鎧武者は具足を解くと、ただの高校生岩見甲に戻ってひっくり返った。
「こざね、兄ちゃんにコーラくれ!」
甲は、店の三和土(たたき)に立っている妹に声を掛けた。
「やだ、これから入学式の手伝いだもん」
こざねは、そう言うと制服のスカートを翻して出て行ってしまった。今日は4月の1日なのだ。
「やれやれ……」
甲は、自分で冷蔵庫を目指そうとした。
「こうちゃん、まだ検分が終わってないから」
きららが真面目な顔でたしなめる。
「甲、発手(ほって)はきつくなかったか?」
甲太郎が胴の発手(下の縁)を見ながら尋ねた。
「あ、胸のところがゆるぎになってるから思ったほどじゃなかったです」
姿勢を正して甲は答えた。
「肩上(わたがみ)にも緩みはないな……きららくん、錣(しころ)にも異常はありませんか?」
「はい、仕上げ寸法のままです」
「よし、では仮裏を外して陰干しにしよう。甲、もういいぞ」
「助かった!」
脚を崩すやいなや、甲は冷蔵庫からコーラを取り出し、風呂場に駆け込んだ。
「2本も飲んじゃ毒ですよ!」
シャワーを浴びて二本目のコーラを掴んだところできららに声を掛けられた。
「あ、ついね……」
エヘヘと笑って麦茶のボトルと持ちかえる。
「でも、きららさん、飾り鎧に正式の検分しなきゃならないのかなあ」
「それが先生です。手は抜かれません。それに、こうちゃんの具足祝いも兼てるんだから」
マジ顔できららが返してくる。こういうときのきららは融通が利かないので、甲は麦茶に持ちかえた。
「こうちゃん、めいちゃんが来てるわよ!」
母が玄関の方から呼ばわった。
「あ、うん……」
麦茶を一気飲みして玄関に向かった。喫茶ロンドンの娘の百地芽衣がニコニコ顔で立っている。
「おう、告白にでも来たか?」
「バカ、真面目な用事」
「ひょっとして、みんなでお花見とか?」
「ああ、それもありだね! じゃなくって、えとね、さっきこうちゃん具足駆けしてたじゃん」
「ああ、新造した鎧のテスト兼てだけど」
「ううん、立派なもんだったよ。でさ、みんなで具足祝いしようって話がまとまって」
「え、大げさな!」
「あさって、うちの店休みだから、十二時からうちで。OKだよね?」
「あ、ああ」
まあ、なんでもネタにして騒ごうというアーケード仲間の魂胆なのだろうと鎧屋の甲は承知した。