イスカ 真説邪気眼電波伝・44
『このままやれってか!?』
え……だれ?
野営のテントから出ると、ブスに訝しそうな目で見られた。
見られただけじゃなくて、レイピアを喉元に突き付けられる。下手に動いたり口走ったりするとグサリとやられる。
「ダレって聞いてるのよ! 人のテントに忍び込んで、なにしてんのよ!?」
「あ、オレだよオレ、ナンシーナンシー!」
「ナンシー? IDを見せなさい!」
「え? ちゃんと頭の上に……あれ?」
カメラをグリンと回したが、オレの頭の上にIDは見えない。こういうことになってはいけないので、ログインするときにID表示は確認したはずなのに!?
「いっぺん死ねええええ!」
レイピアがズンと突き出される! からくも避けて万歳をする。半ば威嚇の攻撃だったので躱せたが、次に本気でやられたら死ぬ。なんせバトルスキルはレベル20だ。幻想神殿を始めて二年になるけど、ずっと47層の森で隠遁生活なのだ。それに……今日のオレは、ずっと仕舞い込んでいたサブアバターだ、20の力も無いだろう。
「タンマタンマ、オレだって、ほんとにオレだって!」
くり出されるレイピアに地面を転げまわる。
ズチャ! ズチャ! 二度三度耳を掠めて地面を刺突する音、もうダメだと思った瞬間!
「ID表示を迷彩柄にしないでよねー!」
「え、迷彩?」
カメラを回すと……確かに森林迷彩柄になっている。これでは木や草を背景にしたら見えなくなる。でも、おかしい、ログインするときに、ちゃんと赤と黄色のネオンカラーに設定したはずなのに?
「ネオンカラーって迷彩のすぐ下だから、間違えた……かな?」
われながらドジだ。
「でも、なんで、そんなアバターなのよ!? ひょっとしたら、人間に化けたモンスターとか思っちゃうでしょ!」
「え、あ、いや、それが……」
オレは、佐伯さんが幻想神殿を面白がって、アバターをつくって上書きしてしまったことを説明した。
「それだったら、また上書きすればいいだけの話でしょ」
レイピアをクルクル回して鞘に納めながら、なにをくだらない! という感じで言い放った。
「それが、上書きしようとすると、HPもMPもスキルも『初期化されます』のアラームが出るんだよ」
ネトゲの世界というのはアナーキーなもので、システムの隙間を縫うようにしてアイテムやスキルの盗難が意外にある。寝落ちしたプレイヤーのウインドウを開いて盗む奴とか、ウィルスを仕込んで盗む奴とかが存在するらしい。
だから、異なったアバター間でのやり取りは制限がかかっている。回数なのか、設定条件なのか、アバターの切り替えなんてやったことが無かったから、よく分からない。しかし、佐伯さんのアバターに上書きできないことは確かなのだ。
「それじゃ、その上書きされたアバターに替えなさいよ。いくらなんでもデフォルトの初期アバターじゃ攻略は無理よ」
「いや、あ、でも女性アバターなんだぜ……ネカマの趣味ねーし」
実は、幻想神殿を始めて間もないころ、パーティーを組んだ中に可愛い女の子が居て、結婚を申し込んだら「アハハ、おれ男だぜ!」と大恥をかいたことがある。
「あ、それが47層で隠遁しちゃった原因?」
「ち、ちがわい!」
「ま、とにかく、それじゃ話にならないから、さっさと替えてきてちょうだい!」
「わ、わーったよ!」
コンソールウィンドウを開きながらテントの中に戻ろうとした。
「ここでやればいいでしょ」
「そ、それは」
「恥ずかしいんだ。ま、いいや、さっさとやってね、今日は山一つ超えときたいからね」
「の、覗くんじゃねーぞ!」
「だれが覗くか!」
そしてテントに戻って、アバターを替えた。自分の姿を見るのが嫌で、オレは一人称視点にしてテントを出た。
――ど、どう?――
口の形だけでブスに聞いた。
「……………………!」
目を見張るばかりで声を発しない。
「なー、なんとか言えよ!」
声を発して驚いた。佐伯さんによく似た女の声だ!?
「ちょっと待て、いま、声の設定変えるから!」
「あーーそのままそのまま! その姿で男の声は犯罪的に気持ち悪いから、じゃ、行くよ!」
「えーー、じゃ、このままやれってか!?」
数歩先に歩き出していたブスは、回れ右をすると、真面目な顔で寄って来た。
「その姿かたちで男っぽいのは、わたしの美意識が許さないの!」
オレは、初めて本気でネトゲを止めようかと思った。