大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・ライトノベルセレクト・『幕があがる』

2018-02-01 06:33:19 | ライトノベルセレクト

ライトノベルセレクト
『幕があがる』



 幕があがった。こんなことは初めてだ。

「幕、どうしたんだ?」
 顧問の岡山が、密かに、でも心配げに楽屋にやってきた。
 幕とは、この四月から三年になり演劇部の大黒柱になる幕内順子のことである。
 通称「幕」 下級生からは「幕先輩」と慕われ、同輩からは「高校演劇の幕内力士」と頼りにされ、先輩や顧問の岡山からは絶大な期待が寄せられている。
 その証拠に、国営放送局が朝の連ドラのヒロインにと打診までしてきた。しかし、幕は傾き始めている高校演劇を微力ながらも支えたいと、プロになることは拒み続けてきた。
 幕のS高校は、今まで、コンクールで地区予選に落ちたことが無い。都下でも有数な実力校であった。

 脚本は生徒作であったりするが、実際は顧問の岡山が書いている。

 幕は、そこに僅かな不満と言うか、心配があった。幕を入学以来主役や準主役で使ってくれるのはありがたかった。でも口に出して言ったことはないが、岡山の本は思い込みと思い付きだけで書かれた本で、ドラマの肝心なところで矛盾や飛躍があり、台詞も説明的なモノローグが多かった。でも、幕以外の生徒たちは岡山を信頼しきってここまで来た。軽々と異を唱えることはできなかった。

 今回の芝居は東日本大震災による原発事故がモチーフになっている。

「わー、寄るな触るな、放射能が伝染する!」

 幕が演じる少女は、家庭事情で東京に転校してくるが、周りの子たちからは、そんな風にイジメられる。しだいに無口に、不登校になっていく少女。やがて昼夜が逆転し、夜に外出することが多くなる。
 夜の公園にいくと、いろんな年代の子供たちの姿が見える。

 いつのまにか、その幻のような子たちと話ができるようになる少女。

「あ、ミカちゃんじゃない!?」
 子どもの一人が、そう声をかけてきた。
「あ……サキちゃん!?」
 少女は信じられなかった。それは震災で津波に飲み込まれた親友のサキちゃんだった。サキちゃんの遺体はまだ見つかってもいない。
 その夜の幻想と、昼の現実がカットバックのようにして進んでいく。
 夜の幻想の世界では、友達が増えていく。その中には世田谷の交通事故で亡くなった子もいた。その子が言う。
「ミカちゃんは、生き残ったことが後ろめたいんだよね。だから暗くなって不登校にもなるんだ」
「あたしが震災で死んだのも、世田谷の交通事故で死んだこの子も『死』においては、いっしょだよ。そんなこと気にして暗くなってるからイジメられたりするんだ。もっと明るく毅然として自信を持ちなさいよ!」
 そして、少女は夜の子供たちに励まされる。

「あたしに放射能なんてないわよ。なんならこのガイガーカウンターで調べたら。職員室で借りたものだから正確だよ」

 少女は、そう言って昼の子供たちに宣言。昼の子供たちも納得して少女に詫びて大団円のカタルシス。
 幕は、この戯曲を初めて読んだ時から違和感があった。

――これは違う――

 放射能によるイジメは似ているが、こんなんじゃない。根っこのところで作り物だ。
 それに、震災で生き延びた人は、こんな負い目を持っているんだろうか。フィールドワークもしないで、軽々と設定していい話じゃない。

 震災による死と、交通事故による死は同列には考えられない。

「先生、この芝居。カタルシスにもっていくために書かれたんじゃ……」

「ああ、そうだよ」
 意外な返事だった。幕は否定してほしかった。岡山への最後の信頼の糸が切れてしまった。
「それが、どうかしたか?」
「いいえ、先生と話せて自信がもどってきました」
 半ば条件反射、半ばみんなへの気遣いで、岡山が喜ぶような返事をしてしまった。

 幕が上がる……卓越した集中力で幕は役の中に入っていった。順調に舞台は進行していった。
 そして、最後の台詞。
「みんな、ありがとう!」
 が出てこなかった。
 舞台は、幕を中心として沈黙になってしまった。下手の袖からプロンプの必死の呟き!

 幕は、責任感と違和感がないまぜになって、なぜか涙が溢れてきた。
 涙は嗚咽になり、大号泣になってしまった。

 そして、観客席からは割れんばかりの大拍手。

「いやあ、岡山先生。こんなどんでん返しがあるとは思いませんでしたよ。台本通りだと陳腐な芝居になるところでしたからね」
「あの主役の幕さんのタメと号泣は凄かったですね。あれで弛んだ芝居がいっぺんに引き締まりました。かなり高等な演出ですなあ!」

 審査員はべた誉めで、予定通り最優秀賞がもらえた。他に生徒たちが選ぶ地区賞(ちくしょー、に掛けてある)も、個人演技賞ももらった。

「岡山先生」
「うん、なんだ主演女優?」
「ちょっと具合が悪いんで、本選はアンダースタディーのアンちゃんにやってもらってください」
 同時に幕は退部届を出した。
「では、おせわになりました。失礼します!」
「おい、幕ー!!」

 幕は二度と演劇部に戻らなかったが、卒業後国営放送のヒロインに抜擢され、その後映画でも成功をおさめた。

「いやあ、もとから力のあった子ですから」
 岡山は、謙遜を装って、マスコミに言った。
「今のわたしがあるのは、高校時代の岡山先生のおかげです」

 国際的な金龍賞を受賞したとき、なんの躊躇いもなく幕はそう答えた。

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高校ライトノベル・国つ神の末裔 一言ヒトコ・6『優しい休止符』

2018-02-01 06:16:12 | 小説5

国つ神の末裔 一言ヒトコ・6
『優しい休止符』



 昔、雄略天皇が葛城山へ狩に行った時、山中で、自分たちと同じ身なりをした一行に出会った「何者だそなたたちは!?」そう尋ねると、天皇そっくりの者が、こう言った「吾は悪事も一言、善事も一言、言い離つ神。葛城の一言主の大神なり」
 これは、その一言主の末裔の物語である。
 



 雄太は、ハチ公といっしょに待ちつくした。

 ほとんど諦めてはいたが、東大の構内に先日、ハチ公と野口教授の再会の像がつくられた。妙な希望の持ち方だが、賭けてみようと思った。

 優衣とは、中学を終わるまで同じピアノ教室に通っていた。二人ともピアノ教室の看板生徒でピアノ教室グループの大会では、毎年二人で一位と二位を独占していたし他の国内のピアノコンクールでも二人は上位入賞や優勝の常連だった。
 優衣は、高校からは私学の音大付属に進み、そのまま音大でも優秀な学生で、三回生になる寸前にオーストリアの音大のピアノ科に留学が決まった。
 方や雄太は、公立の音楽科のある高校に進学するのがやっとで、卒業後はピアノを諦め、家業の水道施設の店を継いだ。

 父が脳内出血で、あっけなく他界。残った家族や従業員のためにも、雄太が跡を継がざるを得なかった。

 そんな雄太は、まだピアノに希望を持っていた高校生の頃、よく二人で遊んだ渋谷で「おめでとう」と言って最後のお別れをしようと思っていた。
 ハチ公の手と言うか前足は、何人もの人に撫でられてピカピカだが、水道工事に馴染んだ雄太の手は、ピアノを弾いていたころの繊細さは無かった。約束の時間が迫ると、雄太は無意識に両手をポケットに突っ込んだ。

「ごめん、待たせちゃったわね!」

 優衣は八分ほど遅れてきた。通称青ガエルと呼ばれる東急の電車を横目に道玄坂を登り、肩の凝らない多国籍料理の店に入った。

 ひとしきり昔話に花が咲いた。

「いろいろ考えたんだけど、こんなもの持ってきちゃった。よかったら記念にと思ったんだ」
 雄太がポケットから取り出したものを見て、優衣は直ぐに分かった。
「これ、ピアノ教室で使ってたピアノの鍵盤!?」
「うん、こないだ仕事で久々にピアノ教室に行ったんだ。なんせ大正時代からあるシロモノだからね。鍵盤もいくつか入れ替えたんだ。で、記念に一つもらってきて、小さく切ってホルダーにしたんだ。俺たちも入れて何千人も子どもが触れてきた夢のかけらだ。気に入ってもらうとありがたいんだけど……」
「ありがとう、何よりのはなむけだわ。大事にする。あたしたちの出発点なんだから……」

 優衣の目は、ふと雄太の指に向いた。

「よかった、まだピアノには触ってるのね」
「あ、ほんの手慰みだよ。俺のピアノ部屋は、今は従業員のカラオケ兼ねた休憩室。演歌からAKBまで弾いてる。もうクラシックは弾けないけどね。まあ、無駄にはなってないよ」
「ううん、とってもいいことだと思う。ピアノも楽器なんだもん。みんなの中で生きてこそだと思う。ちょっと羨ましいな。あたしはクラシックでテッペン目指さなきゃならないけど、日本に帰ったらカラオケに混ぜてね。こう見えてもAKBの曲は半分くらいは歌えるのよ」
「はは、本当かい、天下の神崎優衣が!」
「あたしだって、普通の女の子なんだから」
 優衣には、ピアノのエリートみたいな臭いがまったくしなかった。同じピアノ教室の優雄コンビの二人に戻れて、楽しく過ごせた。

「神崎さん、お客さん……アラアラ、こんなになるまでレッスンして」

 堂本准教授が入ってきたとき、優衣は目をつぶりながら鍵盤を弾いていた。つまり、居眠りしながらピアノを弾いていたのだ。
「量をこなせばいいってもんじゃないわよ」
 堂本にいざなわれて入ってきたピアノ教室の白石先生が、あきれたように言った。
「あ、あたし寝てたんだ……」
「あら、その見台に……」
「えー、夢の中で雄太にもらった……」
 そう、あの鍵盤のホルダーが置いてあったのでる。
「ハハ、眠りながら雄太に会っていたのかもね」
「え、でも……」

 言われると、雄太と会ったことがリアルに思い出された。それどころじゃないと言って断ったはずなのに……。

 独習室を出ると、ヒトコは、自分の姿に戻った。ついさっきまでは優衣になって雄太に会っていた。

「これで、二人の絆……切れずにすんだかな」

 ちょっとお節介だったかと、おぼろ月を見上げるヒトコであった。

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