イスカ 真説邪気眼電波伝・27
『自然の摂理かパラレルワールド』
あんな目に遭いながら、佐伯さんは三宅先生を気遣った。
「どうだった?」
別館から出てきた佐伯さんに小さな声で聞く。
「人が変わってたでしょ?」
天気を確認するくらいの気楽さでイスカ。三人の足は自然に藤棚に向かう。
「あ……うん」
「なにか引っかかった?」
「それが……見て」
「あ」
佐伯さんが出した日本史のノートを見て、イスカは小さな声を上げた。バトルしている時とは違って西田佐知子としてのリアクションなので、とても控え目なのだ。ちなみに、オレはノートを見てもなんのことやら分からない。リアルじゃ劣等生だもんな(涙)
「中身が変わってる」
?な顔をしていたので、佐伯さんが解説してくれる。
佐伯さんは、質問を装って様子を見に行ったのだ。
――板書に質問があるんですが――
――はい、どこかな?――
――ここです……あれ?――
佐伯さんが示したページは正しく書かれていた。巣鴨でA級戦犯が処刑されたのは、キチンと十二月二十四日の天皇誕生日になっていて、注釈で『天皇誕生日と重ねたのは占領軍の悪意の繁栄かもしれない』と書かれていた。
――ごめん、先生、話下手だから聞き間違ったのかもしれないね。ま、板書の方が正解だから、こっちの方を信じてください――
三宅先生は丁寧に解説してくれただけでなく、お茶を入れて世間話までしてくれたらしい。あまりの変わりようにオタオタする佐伯さんだったが、三宅先生は冗談なども交えてほぐしてくれたらしい。
「ま、先生は何事もなく……フフ、さま変わりだったけど、お元気な様子で、ホッとしたわ」
リアルでもバトルでも大変な目の合わせてくれた先生だけど、モンスターとして倒れた後を心配する佐伯さんは、とてもいい人なんだと、オレの心まで温かくなった。
「パラレルワールドかも……」
「「え?」」
「並行世界。三宅先生がいい人であるという点だけが違う。三人揃ってパラレルワールドに飛ばされたのかもしれない」
「それって……」
「自然の摂理かルシファーの企みか……とにかく、三宅先生が不在であるというアクシデントは修正された……あ」
「「え?」」
イスカが驚いた方角を見ると、当の三宅先生が穏やかに別館を出て、飄々と本館に移るところだった。
姿かたちは三宅先生なんだけど、先生特有な神経質な陰惨さが無く、藤棚のオレタチに気づいて「ヤア」と白い歯を見せながら手を上げてくれる。反射的に笑顔でお辞儀するオレタチも、なんだかいい生徒という気がしてくる。これなら生産的な気持ちで日本史の授業が受けられる。
これが自然の摂理で、このあと何も起こらなければ、パラレルワールド大歓迎……だったんだが……。
「ちょっと、救急車だ!?」
掃除当番も終わり、昇降口に下り始めると救急車が学校に入ってくるところに出くわした。放課後の開放的な喧騒を不安な沈黙に変え、救急車は本館のアプローチに停車した。保健室の先生が待ち受けていて救急隊員をストレッチャーごと玄関に誘った。
「病人? 怪我人?」
「…………………………」
「ちょっと遅いわね」
「あ、出てきた」
「え、なんで?」
出てきたのは救急隊員だけで、ストレッチャーは空のままだ。
不思議に思っていると、今度は別のサイレンが聞こえてきた。
「パトカーだ!」
お巡りさんたちは、他の野次馬に混じって二階の職員室に向かって行った。
そこで、オレタチは悲劇を目にすることになった。