イスカ 真説邪気眼電波伝・38
『西田さんモードのイスカ』
「なんだか、心ここにあらず……て、感じなの」
踊り場は冬を思わせる冷え込みだったけど、腕組みした佐伯さんの肩に力が入っていたのは寒さのせいじゃない。
「お早う」の挨拶をしても「あのね」と話しかけても気のない返事が返って来るばかりで、かと言ってバリアーがあるわけでもなく、ただ、席に着いて、ずっと黒板を見つめているだけらしい。
「ひょっとして西田さんモードなんじゃない?」
「あ……うん」
イスカのデフォルトは西田佐知子だ。クラスに溶け込めず、でも、それを気にする風でもなく、人とは必要最小限度の事しか喋らない。そういう地味子のはずだ。
オレも、文化祭の三日前に佐伯さんが屋上から飛び降りるのを、時間を止めて助けたのを目撃してからだ。
あいつが時間を止めると、みんなマネキンみたいにフリーズするんだけど、オレの時間は止まらないし、フリーズすることもない。
そのことで、オレは堕天使イスカのジェネレーターだってことが分かったんだけど。それは置いておくとして、基本イスカが西田さんであるときは、たぶん日本一の地味子だ。佐伯さんは、あいつがイスカであると分かるまでは、ほとんど接触が無かったはずだ。きのう三宅先生がメタモルフォーゼしたモンスターをやっつける時にイスカモードになって親しくなった。
佐伯さんは、人の欠点よりも長所を見て付き合っていこうという、優しくも優れた女の子だ。
だから、いったんイスカに心を許してしまうと、イスカモードがデフォルトになり、西田モードでは戸惑ってしまうんだ。オレは、そんな佐伯さんを好ましく思う。
「えと……心配しすぎ?」
「うん、てか、そういう風に心配してくれるのは、とても嬉しいよ。あ、念のために、オレも声をかけてみる」
「うん、よろしくね」
教室に戻って、自分の席に着くついでという感じで「おはよう」と声をかける。
「……おはよう」
たしかに無機質と言ってもいいくらい抑揚に無い声だ。
「きのうは、お疲れさん」
「……うん」
たしかに心ここにあらず……背中に佐伯さんの気づかわし気な視線を感じる。
――ドンマイ――目だけでサインを送る。
きのうは下校してからでもいろいろあった。マトリックスって化け物とはまるでボス戦だった。だけど、わざわざ佐伯さんに言うことでもない。ま、たぶん、イスカは疲れまくっているだけなんだ。佐伯さんも心配げではあるけども小さく頷いてくれた。
それは三時間目の体育の授業だった。
男子の体育が早く終わって、ジャンケン運のないオレは機材を体育館に運ばされていた。
女子も終わって、入り口のところでゾロゾロ出てくる女子たちとすれ違う。女子たちのさんざめきに圧倒されながらフロアーへ……すると、フロアーの隅で跳び箱の居残りをさせられている西田モードのイスカと佐伯さんに気づく。
イスカが居残りをさせられて、佐伯さんが付き添っているのだ。
「もう一度やってみよっか」
数えると五段の跳び箱が跳べないイスカを励ましている佐伯さん。てきとうに誤魔化せばいいと思うんだけど、こういうところは佐伯さんもストイックだ。
「ハイ」
まじめに返事してリトライするイスカ、いや、西田さん。
イスカの時とは違って、ノタノタと、いかにも運動音痴。
「えい!」
掛け声駆けて、踏切板でジャンプ。
しかし、前進のベクトルが弱いために、ピョコントお尻が持ち上がったままで跳び箱に手を突く。
グショ……音がしたかと思うと西田さんの左手は逆方向に曲がって、そのままマットに落ちて行った!
骨折したんだ!
オレと佐伯さんは同時に駆け寄った。
あらぬ方向に曲がった左腕を庇う西田さん。かなり痛いはずなのに声も上げない。
「ごめんなさい、無理させちゃった!」
「保健室連れて行こう!」
体育館の壁面に収納されているタンカを取り出すと、二人で担いで保健室に急いだ。
入り口を出る時に「「怪我人です!」」と揃って教官室の方に声をかけるが反応なし。
階段を下りて、保健室のある本館に向かっているときに教官室の窓から「どーかしたかー?」間の抜けた声がした。
そして、保健室に着くと養護教諭の先生がいなかった……。