高校ライトノベル
通学道中膝栗毛・3『お屋敷街の100円自販機』
駅までのルートは三つある。
遠、中、近の三種類。
朝は近。
もちろん時間の関係。遅刻ギリギリにに出ているということじゃないけど、鈴夏もあたしも余裕が無いってのは嫌だ。
朝の寄り道とか道草って楽しくないもんね。
ポストの所で落ち合うと、駅まではまっしぐら。
でも、帰り道は中とか遠になる。
「これ発見した時は嬉しかったね」
そう言いながら自販機に100円玉を投入。普通なら続いて10円玉を三つ入れなきゃならないんだけど、この自販機は100円ポッキリでいい。
自販機も大型のが二台並んでいて、どちらも100円均一。
「賞味期限が迫ってるんじゃないかな?」
最初は、そう思って、缶にプリントされている製造年月日を見たりするんだけど、そんなに古いというわけでもない。
「ま、安いんだからオッケーオッケー」
深く考えるのはよして、遠回りの帰り道を楽しむ。
遠回りの道はお屋敷街だ。
あたしたちは地元民だから、このあたりがお屋敷街だということは知っている。
中学校までは、あまり立ち入らなかった。
あたしも鈴夏も下町人間というカテゴリーに入ると思っている。
スカイツリーができた明くる年、ここいらをうろついたことがあった。
「固定資産税たかそー」
鈴夏は、掛け始めた眼鏡をクイっと上げて、難しい感想を言った。
あたしは、どのお屋敷も落ち着いた感じなのが気に入った。なんたって、どの家にも庭とか門がある。ゴルフの練習スペースのある家もあるし、ピアノの音がする家もある。うちの近所でもピアノの音はするけども、このへんは格別だ。なんで格別なのかというと……。
「音源が遠いからよ」
鈴夏が一発で答える。
そうなんだ、うちらへんは防音とかで小さな音になっていても壁一枚向こう。どうかすると、ピアノまでの距離は一メートルもないことがある。
ほどよい隔たりがあると言うのはゆかしいものなんだね。
ある時、ハナミズキがオシャレに咲いているお屋敷から、とても上手なピアノの音が漏れてきた。
音楽の良し悪しなんてわからない二人だけど、思わず立ち止まって聞きほれてしまった。
「色が白くて髪の長い女の人だね……」
鈴夏が言うと、あたしもそんな気がしてきた。
しばらくすると背中に視線を感じた。
「え……」
振り返ると、お向かいの勝手口の所でオバサンが、あたしたちを見ていた。うさんくさそーに。
「い、いこ」
鈴夏の袖をつまんで、その場を離れた。
ご町内で小学生の泥棒でも入ったんじゃないかと思うくらいの人の目があった。前からあって、あたしたちが気づかないだけだったのかもしれない。それを最後に足を踏み入れなかった。
そんなお屋敷町、今は平気だ。
高校に入って、気づいたら足を踏み入れていた。下校途中にペチャクチャ喋っていたら、このお屋敷街だったのだ。
「人の目がしないね」
そう、人の気配は感じるんだけど棘が無い。
今は深く考えることも無く、100円自販機につられて散策するようになったんだよね。
「それはね……」
そう言いかけて、鈴夏は100%果汁を飲み干す。
「ま、いいじゃん」
自販機の傍にゴミ箱がないので、空の缶を握りながら歩くのでした。