イスカ 真説邪気眼電波伝・42
『万事休す!』
玄関とトイレのドアが開くのが同時だった。
そして、トイレから出てきた優姫が息をのんで目を丸くした。トイレからはくぐもった流水の音が響いている。
こないだと同じパターンなので、また一悶着あるかとヒヤッとする。水音の猛々しさと長さから大きい方であると推測されるのだ。
しかし、今日の優姫は鼻を鳴らして不貞腐れることはしない。それどころか、大文字のDを丸い方を上にして横倒しにしたような目になって、母親譲りの愛想笑いをするではないか!
前回と違う豹変ぶりには理由がある。
オレの後ろには、学校で三本の指には入る美人の佐伯さんが控えているのだ。
「お邪魔します、わたし、北斗君と同じクラスの佐伯といいます。いっしょに勉強することになって、前触れもなくすみません」
「いいえ、不甲斐ない兄ですけど、よろしくお願いします! ト、トイレ掃除の途中なので、あ、あとでお茶とかお持ちしますね!」
佐伯さんの「あ、おかまいなく」も聞かずにトイレに引き返す愚妹、ハハハ、掃除はこまめにやってくれるんだ……とフォローしておく。
学習塾のCMに「分かった!」「じゃ、分かったら説明してごらん!」という生徒と講師の掛け合いがあった。本当に理解できるというのは、人に筋道を立てて説明できることだとオレも頷いたもんだ。ただ、なんで塾の講師がバク転とか鞍馬をしているのかは理解に苦しんだが。
佐伯さんは、そのCM真っ青というくらいに教えるのが上手い。
イスカの西田さんもなかなかだったんだけど、佐伯さんは胸時めかせながら教えてくれる。オレの横、丸椅子に腰掛け「どれどれ……」という感じで三十センチまで接近、肩なんか、時々触れてしまうんだ。体温は感じるし、シャンプーの香りはするし、ここはね……とか、そうそう……とか言うたびに、いい匂いがする。
「あの……もしもし」と数回注意されたけど、え、あ、うん、ゴメン……と答えるたびにコロコロ笑う佐伯さん。
佐伯さんと言うのは、オレみたいなパンピー男子にとってはチョー高嶺の花で、高嶺の花というのは文字通りの花、それも遠くから眺めるだけの富士の高嶺にこそ咲く花。せいぜい五合目あたりから気配を感じるだけでありがたい。それが、こんな息のかかる距離で……オーーー、いま、ノートを覗き込もうとした佐伯さんの髪がハラリと頬っぺたに掛かって百万ボルトの電気が流れた。
あやうく気絶してしまいそうになったとき愚妹の優姫がお茶を持ってくる、お菓子を持ってくる。暖房の具合を聞いてくる。
ありがとうとコノヤローを等量に感じる。
「はい、きょうはこんなところかな」
佐伯さんが、明るく爽やかに終了を宣言した時、スリープにしていたパソコンの画面が点いた。ヤバイ、幻想神殿のタイトルがパチンコ屋のディスプレーのようにデモを流し始めたではないか!
「うわー、きれいな動画!」
万事休す! 佐伯さんが淹れ直したお茶をすすりながら興味を持ってしまった!