アーケード・2
《七人の幼なじみ》
江戸の昔、相賀は八万石の城下町で戦国時代から続く相賀氏が治めていた。
相賀氏は尚武の気風高く、空高くなる秋に家臣打ち揃い相賀原で馬揃(うまぞろえ)をやることが慣わしになっていた。
馬揃とは、家臣一同が家伝の鎧兜に身を固め騎乗行進し、お城で藩主の閲兵を受け、閲兵の後は騎乗のまま相賀八幡に参拝。お家と天下の弥栄(いやさか)を祈念した後、相賀原で勇壮に旗絡(はたからめ)を競い合う。
旗絡とは、相賀八幡の御神旗を花火のように打ち上げ、騎乗の鎧武者たちが、落下してくる御神旗を競い合って馬の鞭で絡めとるという合戦さながらの祭りで、県の重要無形文化財にもなっている。
相賀の若者は、18歳前後で鎧の着用を許され、許された日には家伝の鎧兜を身に着けてお城まで早駆けすることになっていた。これを具足駆けといい、相賀の街では男子の成人式のようになっていた。
主人公の岩見甲は、一昨日具足駆けを果たし、商店街の幼なじみ達から具足祝いをしてもらうことになった。
「やっぱ、鎧屋の具足は違うねえ」
料理を配膳しながらマスターのお祖父ちゃんが賞賛する。カウンターの上には50インチのモニターが甲の具足駆けを写している。
「いやあ、実質は商売もの検品ですよ。たまたまオレのサイズだったんで、親父のアイデアで具足駆けにしちゃったんです。秋の馬揃には、みんなといっしょにやりますよ」
21世紀の今日、交通事情や経費安全性などの観点から個人で具足けは廃れてしまい、秋の馬揃の前夜祭的に有志の若者たちでイベントとして行われる。具足もレンタルで、お城の大手門から本丸まで駆けるだけである。
「今年からは、鎧じゃなくてコスプレとかでもいいそうね」
「女子にはヨロイ重いもんね」
花屋のあやめが芽衣といっしょに料理を取り分ける。
「ぜったいコスプレの方がいいよ。あたしももクロのコスがいい!」
「鎧屋の娘が、そんなこと言っていいのかあ」
こざねの発言を肉屋の遼太郎が咎める。
「まあ、コスプレが出てきても鎧武者は廃れないわよ。伝統行事だもん」
「うんうん」
靴屋の文香と家具屋のみなみがフォローする。
「みんな見てごらんよ」
お祖父ちゃんがモニターの動画を停めた。
「こうちゃん、いい武者っぷりじゃないか」
「そうね、停止にしてもさまになってるっていいよね」
孫の芽衣が賛同する。
「甲は体育のランニングじゃイマイチなのにな」
「こうちゃん、やっぱり腰なのかい?」
「はい、腰を落として、あまり大股で走らないことです。長距離は、それでなきゃもちませんから」
「なるほどねえ」
「みんな、お料理とカップ行き渡った?」
「ああ、いいんじゃないか。芽衣、そのまま乾杯の音頭とってくれよ」
「え、あたしでいいの?」
「立ってるからついで」
「む~、ついでってね……」
「いいじゃないか芽衣」
お祖父ちゃんの賛同に、みんなも倣う。
「それじゃあ、こうちゃんの具足駆けを祝って……」
その時、喫茶ロンドンのドアベルがカランコロンと鳴った。
「遅れてごめん、急に月参り入っちゃって!」
「あ、はなちゃん忘れてた!」
「もう、忘れてたはないでしょ」
衣姿の花子は、ごく自然に上座の甲の向かいに座った。みんなと同い年の女子高生にも関わらず西慶寺の花子には僧侶としての貫禄があった。
「じゃ、もっかいいくわね!」
鎧屋岩見甲の具足祝いは、幼なじみ6人と妹に囲まれて賑やかに始まった。
相賀の春は、白虎通り商店街でたけなわになろうとしていた……。
※ アーケード(白虎通り商店街の幼なじみたち) アーケードの西側からの順 こざねを除いて同い年
岩見 甲(こうちゃん) 鎧屋の息子 甲冑師岩見甲太郎の息子
岩見 こざね(こざねちゃん) 鎧屋の娘 甲の妹
沓脱 文香(ふーちゃん) 近江屋靴店の娘
室井 遼太郎(りょうちゃん) 室井精肉店の息子
百地 芽衣(めいちゃん) 喫茶ロンドンの孫娘
上野 みなみ(みーちゃん) 上野家具店の娘
咲花 あやめ(あーちゃん) フラワーショップ花の娘
藤谷 花子(はなちゃん) 西慶寺の娘