堕天使マヤ 第一章・遍歴・8
《試行錯誤⑥アイドルの救済》
――お父さん、お母さん、輝美はまた仕事に出ます。必ずまた戻ってきます――
そう書置きを残して、マヤは輝美の家を出た。両親は、まだ眠っている。輝美がまだ生きていることに出来た。高山刑事には手の込んだイリュユージョンを見せて、警視庁外事課の秘密任務についていると思わせてある。あの実直で人情脆い刑事は秘密は守るだろうが、忍ぶれど色に出にけりで、何かにつけて輝美が生きていることを保証してくれるだろう。
仇もとった。増田ら三人は分子のレベルまで分解して、完全に存在を抹殺した。
「でも……これで良かったんだろうか」
たまに輝美の姿になって、あの人のいい両親に顔を見せなければならないだろう。完璧に輝美になることは難しくはないが、堕天使が化けた偽物であることには違いない。完全な解決とは思えない……でも考えることはよそうと思った。
遍歴を繰り返し、いつか真実の救済、それは何をすることかは分からなかったが、成し遂げることであることは間違いない。
マヤは日の出前に家を出てN駅に向かった、姿は摩耶と輝美を足して二で割ったような姿になっている。
マヤはO駅で降りた。
このあたりは、もう都心でマスコミ関係のビルや施設が多い。Oテレビ局から、夜っぴきの収録が終わって有名、無名、ベテラン、駆け出しのタレント等が、関係者の出入り口から吐き出され、その多くは局差し回しのタクシーに乗って、自宅や事務所、あるいは次の仕事場へと向かっていった。
それぞれいろんな思いを抱えていた。
明け方まで収録が延びてしまったことを他のタレントのせいにして恨んでいる者、介護中の配偶者のことが心配でたまらない者、収録中二度もスベッて、編集でカットされるのではと心配している人気落ち目の芸人など。
その中に一人、新田良美というアイドルがいた。
この子一人が不穏である。
距離があることと、アイドルとして本心を隠すことに長けてしまったために、中身までは分からない。ただ、このままにしておいてはいけないことだけは分かった。
マヤは姿をステルスにするとタクシーを走って追いかけた。
「ちょっと停めて。ポカリ買ってくる」
良美は、そう言ってタクシーを降り、自販機が並んでいる横丁に入った。
自販機にコインを入れると、隣の自販機に男が並んだ。
「チ、小銭がねえよ……」
「あ、これ使って!」
良美は百円玉と、けして小銭ではないお金を男に渡した。
「こりゃ、済まない」
男は小銭で缶コーヒーを買うと、握手するふりをして、とんでもないものを渡していた……。