堕天使マヤ 第一章・遍歴・6
《試行錯誤④八年の空白》
「あ、あんたは……!」
高山刑事はマヤの姿を見てびっくりした。無理もない今朝撒いたビラの行方不明者の輝美が目の前にいたのだから。
「ちょっと警察行ってくる。お礼やら、説明しなきゃならない事情があるから、高山さん、警視庁にいきましょう」
「え、警視庁……!?」
「お父さん、車借りるわね」
所轄署の一刑事である高山にとって警視庁というのは、江戸時代で言えば平同心にとっての江戸城と同じで、めったなことでは足が踏み込める場所ではなかった。
で、さらに輝美(マヤ)が次々にセキュリティーを通過し、警視庁でも奥ノ院と言っていい外事課に入っていったのにはビックリを通り越して夢をみているようだった。
「やあ、輝美くん。そちらは……所轄の高山巡査部長だね」
端末の資料を見て、外事課長は別室に二人を案内した。
「これは機密に属することだから、所轄では高山君と署長だけにしか伝えない。特に高山君は輝美君が失踪したころから親身に世話になっているので特別に伝えることだ。けして他言はしないように。いいね」
「は、はい!」
高山刑事は緊張して、出されたお茶をこぼすところだった。
「……というわけで、輝美君は外事課の特別捜査官ということで、二年間の訓練の後、昨日まで外事課の特別任務についてもらっていた。昨日、その任務が終わって第一線からは離れてもらった。これからは後進の育成に尽力してもらうことになっている。君に言えるのはここまでだ。表面は記憶喪失者として、さる病院で身元不明のまま治療を受けていたことになっている。そういうことで理解してもらいたい」
「そういうこと、高山さん、よろしく」
「は、はい!」
車を降りると、高山刑事はベテランの上司にするような敬礼をした。
「ダメダメ、ごく普通に……ね」
高山刑事を連れて行ったのは、ただの貸しビルだった。そこで幻想を見せただけである。当面輝美が帰ってきたことを世間に知られないためと、もう一つの目的のため……そのあとは、堕天使としては出たとこ勝負であった。
「八年間、ほんとにごめんなさい。お父さんお母さんにも言えない仕事をしていたの。けして怪しげなことじゃないわ。それは、今日高山さんにも理解してもらった。第一線からは身を引いたけど、これからも仕事は続きます。家にはなかなか帰ってこられないけど、あたしは観ての通り無事よ……泣かないでお母さん。これからはできるだけ親孝行するからね!」
その夜は、八年ぶりに母子で料理を作り、親子三人で水入らずで過ごした。
――さあ、これからは輝美ちゃんの仇をとらなきゃ――
とりあえず、輝美の命を奪った男たちへの復讐のあれこれを考える輝美姿のマヤであった……。