🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・5
『一家三人水入らず』
職場の事を会社と呼ぶ、普通なら当たり前だ。
親父が言うと違和感がある。
親父の仕事は県警捜査一課の刑事だ。警察の隠語で警察の事を会社と呼ぶ。
親父が言うと、なぜ違和感なのか。親父は、職場の事なんか話す人間じゃなかった。こうやって家族そろって外食することもなかった。
「会社の方はいかがですか?」円卓上の中華風刺身を取り分けながらオフクロが聞く。
「この刺身って、鯛なんだよね?」
「ああ、普通の刺身よりも味付けは濃くなるけど、鯛そのものの味はしっかりしている。プロの仕事だな」
「そうだね……うん、美味いよ、いけるなあ!」
中華料理は好きだけど、刺身は、やっぱり普通のがいい。でも、こういう場では「美味しい」と言っておく。家族でも、それが礼儀だと思うから。
「こんどのお取引の目途はついたんですか?」
「うん、営業の若いのに送り状を書かせてる」
取引とは事件の事で、送り状とは検察に送付する書類の事だ。刑事の仕事はドラマでやってるほどの派手さはない、ほとんどが調書なんかのデスクワーク。今までの親父との会話で、その程度の知識はある。むろんデスクワークの中心はパソコンで、エクセルにしろパワーポイントにしろ、親父は、オレの何倍も早くて上手だ。
「送り状は、いつも、お父さんが書いていたんじゃないの?」
鶏肉の胡麻味噌かけを取り分けながらオフクロ。目の前には、もうショウロンポウが鎮座している。オフクロは手際がいい……というか、クリニックでときめいた桜子の顎から喉にかけての線が蘇る。――100キロ以下になれ、友だちぐらいには戻ってやる――のメールが目の前を右から左に流れていく。まるでニコ動のコメントみたいに。
「若い者にも慣れてもらわなきゃなあ、むろん後で点検はするけどな」
「たいへんなんだ」オレの合いの手は、バラエティーのオーディエンスみたいにシラこい。
「お父さんの会社は……」
気が付いた。親父が会社会社というのは、オフクロが聞くからだ。親父は丁寧に説明するんで、つい親父が言ったと勘違いしているんだ。それほど、親子三人揃うのは稀であり、揃った時は肩がこるほど密度が濃い。
「あ、そうそう。桃斗ったら、制服三着目なんですよ」
お袋はバランスをとっている。今度はオレの話題だ。
「ハハハ、また太ったか。この一年九カ月で……48キロか」
「もう、高校生で成人病なんて、やですよ」
「成人病なんてならないよ」
そう言いながら、エビチリを平らげる。
「……ま、そういう時期もあるさ。いずれ落ち着くだろ」
親父の本音は、そうじゃない。以前、部下の刑事が5キロ増えた時には真剣に叱っていた。今だって、反応が遅れている。
「ももとさま……」
フカヒレスープが出てきたところで声が掛かった。
「「はい」」親父とオレが同時に返事する。
「西野様からお電話です」蝶ネクタイのフロアマネージャが親父の耳元で囁く。
「どうも」
親父は事務所に向かった。
「……うちの家庭に不満はないけど、苗字と名前が同じ音というのは慣れないなあ」
「そう、一度聞いたら忘れないからいいんじゃない」
オフクロは、リバーシブルのブルゾンが便利だというような気楽さで聞き流す。
オレとオフクロの苗字は「百戸」ではなかった。オレが、まだ赤ん坊のころ、オフクロは離婚して、今の親父と再婚した。
で、親父の苗字が「百戸」だったので、おれは百戸桃斗という冗談みたいな姓名になってしまった。もう慣れているんだけど、この程度の不満は言っておいたほうがいい、オフクロが、オレの三着目の制服に文句を言うくらいには。
「すまん、お得意さんの用事だ。勘定は済ませておくから、これでな」
事務所から戻った親父は、そう言うと会計を済ませ、足早に店を出て行った。
自動ドアが開いた時、思いのほか冷たい風が吹き込んで、小さく身震いした。オフクロは我関せずと、スープを啜っている。
🍑・主な登場人物
百戸 桃斗……体重110キロの高校生
百戸 佐江……桃斗の母、桃斗を連れて十六年前に信二と再婚
百戸 信二……桃斗の父、母とは再婚なので、桃斗と血の繋がりは無い
百戸 桃 ……信二と佐江の間に生まれた、桃斗の妹
百戸 信子……桃斗の祖母 信二の母
八瀬 竜馬……桃斗の親友
外村 桜子……桃斗の元カノ 桃斗が90キロを超えた時に絶交を言い渡した