堕天使マヤ 第一章・遍歴・9
《試行錯誤⑦アイドルの救済・2》
「覚せい剤でしょ!」
瞬間で移動すると、マヤは二人の手を掴んだ。
不意に現れたことと、見かけによらず、万力のように強いマヤの力に二人は声も無かった。
「オッサンは、もう行って」
男の手だけ緩めてやると、男は、そのままビルの陰にすっ飛んで、消えてしまった。
「あ、あいつ!」
「大丈夫、十歩も歩けば、良美のことなんか忘れてしまうわ。もう一つ……」
マヤは男が消えた方向に指を鳴らした。
「なにをしたの?」
「あれで、あいつは覚せい剤が大っ嫌いになる。見ただけで心臓が止まりそうになる」
「あなた、誰なの!?」
「新しいマネージャー、神崎マヤ。マヤでいいわ。行こう、タクシーが待ってる」
「あ、お連れさんですか?」
タクシーに乗り込むとウンちゃんが聞いてきた。
「あ、あたしマネージャー、この子ちょっとカフェインの摂りすぎだから、あそこで張ってたの。この子ポカリを買うって言ってたでしょ」
「さすが、マネージャー。そこまで気を回してんだ」
「ほれ、良美。ポカリで我慢して」
タクシーは二十分ほどで良美のマンションに着いた。
マンションに着くと、良美は、マネージャーが本当に替わったかどうか確認した。
「……ほんとうに替わったんだ」
堕天使ではあるが、このくらいのことには抜かりはない。ついさっきから、光プロの正式な良美のマネージャーになっている。
「良美のシャブ中毒は、事務所でもほんの一部しか知らない。その間に良美を元にもどすために交代したのよ」
「薬が無いと、ドラマの仕事ができないのよ。今日も夕方からドラマの収録。これで最後にするから、お願い!」
そう言いながら、良美はベッドの下の最後のパケットをまさぐった。
「そんなもの、とっくに処分した。ガサ入れされたら一発だもん」
「あたし……なにもできないよ!」
「今日の収録は、なんとかしとくから、良美はシャブ抜きに専念!」
良美の気が遠くなった。気づくと四方の壁も床もクッションでできた拘禁室に閉じ込められていた。禁断症状が出たときに怪我をしないためのようだ。
良美は、この春先にアイドルグループを卒業。ピンになってからは、女優一本に打ち込んだが、人気は緩やかに下っていった。今のドラマが終わった後は、女優としての仕事は一本も入っていない。
その日のドラマの収録は、マヤが良美に化けて可もなく不可もないできで終えておいた。
収録が終わると、マヤの良美に社交辞令以上の言葉をかけてくれるものは居なかった。良美の孤独とあせりは理解できたが、それを理由に覚せい剤を認めてやるわけにはいかない。
マヤは亜空間の良美の部屋に戻った。想像していたより凄惨だった。
クッションだけでできた拘禁室なので、怪我はしていないが、自分の服はビリビリに引きちぎり、ほとんど裸の状態。失禁して口からは泡を吹き、白目をむいて唸っていた。アイドルの姿はかけらも無い。
「さて……」
汚れた部屋と良美の体をきれいにしてやると、少し眠らせた。
「これは時間がかかるなあ……」
マヤは、いつものように後先も考えないで良美に関わってしまったが、途方にくれた。亜空間の拘禁室なので、現実世界では時間はたたないが、ここでの時間はリアルだ。シャブ抜きをしたあと、役者としての基礎訓練をしてやらなければならなかった。
堕天使としては、腕の振るいどころではあるが、とりあえずはため息しか出ないマヤだった。