🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・1
『ブチッ』
ブチッと舌打ちするような音がした。
「あ~………………」
ブレザーの前ボタンが千切れて飛んでしまっていた。
いつものように身支度をして、身体を横にして部屋から出ようとしていた。
先週までならギリギリ通れていた。
ドアそのものには余裕があるけど、ドアの直ぐそばまで本棚がきているので、実質の出入り口の幅は40センチ余りしかない。
で、本棚の隙間にボタンが引っかかって千切れてしまったのだ。
「え~と……あった!」
ボタンはベッドの上に落ちていた。ボタンを拾い、階段を下りてリビングへ。
「オフクロ、また取れた」
「え~、また太ったんじゃないの?」
「んなことないよ、108キロだし」
「もう、ブレザー脱いで、ボタンもかして」
「ん……」
嫌々そうではあるけど、オフクロは、慣れた手つきでボタンを付けにかかる。
「やだ、生地に穴が開いちゃってる……」
「え、ほんと?」
他人事のように言いながら、冷凍庫からナポリタンの大盛りを出してレンジに放り込む。
「当て布しなきゃ縫えないよ……」
「いっそ新しいの買ってくれない? まだ一年あるし」
「これだって三着目よ。もう、身体の方を合わせなさい」
「いやあ、育ちざかりだしなあ……」
「110キロにもなってるのは、育ちざかりとは言わないの」
「だからあ、108キロだって」
「いや、110キロ!」
「108!」
「だったら、そのヘルスメーターで測ってごらんなさい!」
「いや、だからあ」
「論より証拠!」
裁縫の手を休め、オフクロはデジタルヘルスメーターをオレの前に置く。まるでキリシタンの踏み絵だ。
「もう……」
「どれどれ……あ、やっぱし!」
ヘルスメーターの数字は無情にも110キロを指している。
「あ、今朝はまだトイレ行ってないから」
「まだ、ナポリタンの大盛りも食べてないし……」
で、10分後、ナポリタンの大盛りだけを食べ(いつもなら、これに焼きおにぎりが2個つく)、オフクロが直してくれたブレザーを羽織り、マフラーをグルグル巻きにして「行ってきまーす!」になった。
「百戸(ももと)オ!」
角を二つ曲がったところで、声がかかる。中学からの悪友・八瀬竜馬。
「百戸、また太ったんじゃねえか?」
「太ってねえし」
週に一遍はやる定型文の挨拶をかわす。
「寒いなあ」
八瀬が、白い息を吐く。
「百戸は寒かないだろ」
「オレだって寒い。この冬一番の寒波らしいし、このマフラー見ても分かんだろ」
「体表面積広いもんな……って、マジ太ったんじゃねえのか? ブレザー、パッツンパッツン」
「しつこい、シメるぞ!」
ヘッドロックかまそうとして伸ばした手は空振りになる。
「ハハ、今の百戸に後れは取らないぜ!」
「この、ヤセガリ!」
じゃれ合っていると、ツィンテールが脇をかすめて行く。
「お、久々の桜子じゃん!」
八瀬は気楽に声をかけるが、オレは元カノの姿に息をのむだけ……と思ったら、桜子が回れ右して近づいてきた。
「言っとくけど、元カノだなんて思わないでね。あたしの中では百戸桃斗なんて存在は完全不可逆的な過去なんだからね! 八瀬君も!」
それだけ言うと、シャンプーの香りを残して駅に向かっていった。
「おい、桜子泣いてなかったか?」
「そ、そうか……」
あいまいな返事をしたけど、桜子は、はっきり泣いていた。それに、いつもはもう一本早い電車に乗っているはずだ……。
🍑・主な登場人物
百戸 桃斗……体重110キロの高校生
百戸 佐江……桃斗の母、桃斗を連れて十六年前に信二と再婚
百戸 信二……桃斗の父、母とは再婚なので、桃斗と血の繋がりは無い
百戸 桃 ……信二と佐江の間に生まれた、桃斗の妹
百戸 信子……桃斗の祖母 信二の母
八瀬 竜馬……桃斗の親友
外村 桜子……桃斗の元カノ 桃斗が90キロを超えた時に絶交を言い渡した