🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・
11『沙紀のデブ考察』
「太っ……!」
野呂と沙紀が情報教室にしようと言った訳が分かった。思わず声が出てしまうのだ。
パソコンの画面には、沙紀たちが集めた映像資料が映っている。
何気ない登校風景や校内風景、駅や街角の風景もある。お喋りしている三人の女生徒、ツインテールにポニーテールにボブ。見た感じは、どこにでもいる女生徒だ。なにか面白いことがあったのか、弾けたように笑い出す。ツインテールは手を叩きながらお腹を抱えている。ポニーテールはエビのように体を折り曲げて。ボブはしゃがみ込んで痙攣するように笑っている。
微笑ましい高校生のスナップ動画、と思いきや、カメラは俯いて、三人の下半身を映し出す。
で、思わず「太っ……!」と口走ってしまう。
我を忘れて笑っているので、スカートがヒラヒラして太ももがチラチラする。そのたくましさが可憐な上半身とそぐわない。
やがて、カメラに気づいて、三人は凍ったようにカメラを睨む。
「見たなあ~」
なんだか天使が悪魔になったような衝撃だ。
他の映像も、男女を問わず太ももやお腹、頷いた時の首など、こんなところに部分的デブが! というような映像だ。
「こういう隠れデブを含めると、高校生の半分近くがデブなんです。事態は深刻です」
沙紀は、ため息をつきながらパソコンからUSBを引き抜いた。
「デブはものを考えません。進んで行動しようともしません。これを見てください」
ディスプレーに二つの脳みそが現れた。
「小さい方が8歳、大きい方が16歳です。違いが分かりますか?」
「……うん、8歳の方が赤くなっている領域が広い。活発に働いているんだなあ」
「そうです。他のサンプルも見てください……」
コマ落としのように、何百という脳みそが映し出される。ほとんど小さい方が活発だ。
「大きいのは、みんなデブ?」
「はい、因果関係は分からないけど、現実です」
「……このデータはどうしたの?」
「父が、大学の先生で、こういうことを研究してるんです」
「そうなんだ」
「ずっと他人事だと思ってました……でも、野呂君があんなだから……」
沙紀の目に光るものがあった。デブだけど、沙紀は野呂のことが好きなんだと感じた。
「で、オレにどうしろと?」
「先輩は、そのままでいいんです」
「ん……?」
「デブの希望の星で居続けてください」
「オレは、そんなに偉くないよ」
「そんなことありません。先輩は捻挫した外村桜子さんを、そして持久走では三好紀香さんを救けました」
「それは偶然だよ。だれでも、あの状況なら……それに純粋でもない。三好を救けたのは持久走をサボりたかったからだし」
「最初から狙ったわけじゃないでしょ? たとえサボりたかったとしてもいいんです、結果的には救けたんですから。100パーセントの善意なんて神さまでもなければ、ありえません。それに、人を救けたのは三回ですよ」
「え……?」
「昨日、野呂君を……で、こうしてあたしの話を真剣に聞いてくれています」
「あ、そうなのか……」
「そういう無意識なところが素敵だと思います! ごめんなさい、長い時間。じゃ、これからもよろしくお願いします!」
情報教室のある特別棟を出ると厳しい北風だった。
「キャ!」
風にあおられて、沙紀のスカートが翻って、瞬間、太ももが露わになった。女と言うのは、こういう瞬間の男の視線に敏感だ。
「あ、見えちゃいましたね」
「あ、いや……」
「……あたしも隠れデブでしょ?」
「見えてないから分からない」
「先輩、優しい」
沙紀は隠れデブではなかった。桜子はどうなんだろう……こんな妄想をうかべるデブいいのかい?
校庭の向こう、ゆっくりと冬の太陽が沈みはじめた。
🍑・主な登場人物
百戸 桃斗……体重110キロの高校生
百戸 佐江……桃斗の母、桃斗を連れて十六年前に信二と再婚
百戸 信二……桃斗の父、母とは再婚なので、桃斗と血の繋がりは無い
百戸 桃 ……信二と佐江の間に生まれた、桃斗の妹 去年の春に死んでいる
百戸 信子……桃斗の祖母 信二の母
八瀬 竜馬……桃斗の親友
外村 桜子……桃斗の元カノ 桃斗が90キロを超えた時に絶交を言い渡した