🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!
24『最後の持久走』
――もう、ほっといて!――
つれないメールが返って来た。
肋骨にヒビが入って遅刻した桜子が「ここを触診された」と胸を示して、想像力旺盛なオレは、桜子のオッパイむき出しの上半身裸を思い浮かべた。
で、不覚にも桜子の前で鼻血を垂らすという醜態を演じた。
「もう、最低のエロデブ!」と罵られ、やっと取り戻した『お友だち』のカテゴリーから外されそうなので、気配りのメールを打った。
で、そのお返しが、ケンモホロロの――もう、ほっといて!――なのだった。
元はといえば、おとつい国富川の土手で、先に『子どもスイッチ』が入って「よし、じゃあ走ってみよう!」と言ったのは桜子の方だ。
しかし、そんな因果論は桜子には通じない。
ここは隠忍自重して、桜子の機嫌が戻るのを待つしかない。
そうなんだけどなあ……。
そう思いながら、学校の外周を走っている。
今日は年明けから始まった持久走の最終日。これが終われば、小学校の高学年から始まった持久走という労役から完全に開放される。
三年生の体育には持久走は無いのだ。
それまで、二回に一回は、旧演劇部の部室で中抜けのサボりをやっていたが、最後ぐらいは走っておこうと思う。
マジメ教の信者になったわけじゃない。
110キロの体重にもかかわらず完走したという実績を残しておきたかった。そうすれば、回りまわって桜子の耳に入り『お友だち』のステータスを取り戻し、あわよくば百戸桃斗の彼女という立ち位置に戻ってくれるかもしれない。そして訳もなくオレを応援してくれている野呂や沙紀たちの『デブの会』をガッカリさせることも無い。
……それは二周目の学校の裏側だった。
学校の裏側は時代劇のロケにも使われる旧街道が通っていて、そこここに古い家並が残っている。
お地蔵さんの祠を通り過ぎた時に、赤いジャージがうずくまっているのを発見した。
――あ、三好紀香――
赤いジャージは、クラスの三好紀香。こないだも持久走の途中でひっくり返り、お姫様抱っこで保健室に運んでやった。純粋に救けなくっちゃという気持ちではなかった。三好を救ければ持久走をサボれるという下心があった。でも下心だけかと言うと、そうでもない。
幾分かは「救けなきゃ」という、純粋なレスキューの気持ちもあった。で、このレスキューに対する三好の言葉は、こうだ。
「でも、この次こんなことがあったら、放っといて。一緒に走ってる女子もいるから、百戸くんに救けてもらわなくても……ね」だったし、女の子同士の内緒話では「デブって……キモ……」だった。
一瞬目が合ったけど、三好はジト目で、すぐに祠の陰に身を移した。
――他の女子に救けてもらえ――
背後にレベルマックスのジト目を感じながら角までダッシュ。ジト目というのはかなわない。昨日の桜子もそうだけど、女子って、どうして、あんな目で人を見るんだろう。
批判的に人を見るのはかまわないとしても、ジト目はだめだ。あれは、言葉にすれば「きもい」と同じくらいに浅はかなステレオタイプで、フェミニストのオレには耐えられない。桜子の裸の胸を想像して鼻血するオレだが、女子に精神的に幼稚でグロテスクな顔をされるのは願い下げだ。
ダッシュがいけなかった。
角を曲がったところで走れなくなってしまった。
ゼーゼー息をついていると、後続の生徒が何人も追い越していく。その追い越し組の中に三好を背負っている者はいなかった。
――だいじょうぶか、三好?――
戻ってみると、お地蔵様の祠の裏。真っ青な顔で三好がひっくり返っている。
お姫様抱っこをする体力がないので、深呼吸して息を整えてから三好をおんぶした。
「がんばれ、すぐに保健室に連れて行ってやるから!」
意識もうろうな三好は、微かに「ウ……」と言った後、様子がおかしくなった。
「ゲボ!」っというと、オレの首に生温かくドロっとしたものが吐き出された……。