🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・
15『デブのバレンタインデー』
去年のバレンタインデーは充実していた。
たくさんもらった訳ではない。成果は二つだった。
一つはお袋から。神戸に本店がある洋菓子屋のエコノミークラス。
「はい、いちおう縁起物だから」
と、デパートの紙袋から出して、登校前の俺を呼び止めて玄関先でくれた。
紙袋の中には、同じ洋菓子屋のデラックスが覗いていた。親父にプレゼントするものであることは簡単に分かった。
我が家でバレンタインにチョコをプレゼントするのは桃の役割であり、桃の最大の楽しみでもあった。
桃が亡くなってからは、お袋がやっている。
五十過ぎの母親が娘の跡を継いでバレンタイン……ちょっと引いてしまうところもあるけど、桃が亡くなったあとの我が家の絆を維持するために、親父もお袋も「子供じみている」ぐらいに懸命なんだ。
もう一つは桜子からで手の込んだ手作りだった。
ハートマークのチョコケーキの上に体重計が乗っていた。むろん、そのころ90キロを超えようとしていたオレへの警告の意味と、いらだちに替わりつつあった桜子の気持ちが現れている。
二つとも、切羽詰った愛情が籠っている。
今朝は起きると、テーブルの上にグリコのチョコとメモが置いてあった。
――グリコでごめん、お父さんの会社に行ってきます――
大きな事件を抱えて動きがとれない親父のために捜査本部までチョコを届けに行ったようだ。それにしても、オレにはグリコとは……いっそ、何もない方が清々しい。
パジャマのまま、冷凍ナポリタン大盛りをレンジにぶち込む。チンと音がして、レンジから取り出し、お皿にあける。フォークで巻き上げ、大口開けてパスタをガバガバ食べる。
ポルコロッソだな……そう思って咀嚼していると声がかかる。
「千と千尋の、ブタになったお父さんだよ」
テーブルの向こうで頬杖ついた桃がいる。
「敢闘精神と美意識はあるぞ」
「行動が伴わなきゃね」
「おまえさ、いいかげん成仏とかしないわけ?」
「兄ちゃんも、いいかげんダイエットとかは?」
「考えてる」
「考えてる人が、朝から大盛りナポリタン食べる? それに今日は日曜だよ?」
「だから、焼きおにぎりは止めてる」
ウソだ、ナポリタンを平らげたら、食べるつもりでいた。
「それより、今年はチョコとか無しか?」
「夢の中のチョコなんかいらないって、去年、言ったじゃんか」
「だけど、気は心って言うじゃないか。幻のチョコならダイエットにもなるし」
「ああ言えばこう言う」
その一言を残して桃は消えた。同時にスマホが鳴った。
「お、桜子から……」
――ハッピーバレンタイン♥心ばかりのチョコだよ♥――
そうコメントがあって、下にスクロールすると、お袋のよりも立派なチョコの映像があった。
「お、これをくれるってか!?」
その下に、待ち合わせ場所や時間がある……と思ったら、何もない。
すると、間合いよく第二信!
――リアルが欲しかったら、元の61キロに戻ってみろ!――
「くそ、桜子のやつ!」
「ハハハ、今さっき、気は心って言ったじゃんか!」
と、桃の声がした。
験直しに駅前のラーメン屋にでも行こうと着替えてスニーカーを履くと、ドアホンが鳴った。
桜子がドッキリを気取って現れたか!
勇んでドアを開けると、野呂と沙紀を真ん中に「デブの会」の諸君が立っている。
「「「「先輩、ハッピーバレンタインです!!」」」」」
野呂は、その手に桜子の映像と同じ、でもリアルチョコが載っている。
やっぱ、リアルに誰から頂くかということは重要だ……。
🍑・主な登場人物
百戸 桃斗……体重110キロの高校生
百戸 佐江……桃斗の母、桃斗を連れて十六年前に信二と再婚
百戸 信二……桃斗の父、母とは再婚なので、桃斗と血の繋がりは無い
百戸 桃 ……信二と佐江の間に生まれた、桃斗の妹 去年の春に死んでいる
百戸 信子……桃斗の祖母 信二の母
八瀬 竜馬……桃斗の親友
外村 桜子……桃斗の元カノ 桃斗が90キロを超えた時に絶交を言い渡した