列車は静かに「こ」の寺町駅についた。
「……なんか重い」
恵美の呟きには「?」だったが、ホームに滑り込んで停車するまでの時間が長いので合点がいった。
二両連結にしては停車するまでに時間がかかりすぎるのだ。なんだか、十両以上も連結されているようで、長いホームを目いっぱい使って、やっと停車した。それをブレーキがかかる前に読み取ったんだから恵美の感覚は鋭すぎるのかもしれない……思ったが、指摘すれば落ち込ませるだけなのだろうと、あいまいな微笑みを返すだけで済ませた。
車内放送がされているようだが、マヤの車両には必要がないのかスピーカーは沈黙している。くぐもった車内放送は意味までは分からないが、なんだか注意事項を言っているように思えた。
車内放送が終わって、やっとドアが開いた。
連結した車両からどよめきが起こって、信じられないくらいの人たちが下りてくる。
連結されていたのは十両以上もあって、全部で二十を超えるドアから一斉に出てくる……みんな若い……というか中学生だ!
「中坊列車?」
恵美も小柄な女子高生だが、恵美よりも幼い制服姿の中坊たちがゾロゾロと改札に向かっていく。
「高校の入試でもあるのかなあ?」
「この子たち中三には見えないよ」
「ちょっと君たち、どこへ行くの?」
赤いホッペの女子に聞く。赤ホッペは立ち止まりはしないが、それでも答えてくれた。
「十三参りです」
「十三参り?」
「はい、十三歳になったら虚空蔵菩薩さまにお参りに行くんです、虚空蔵菩薩さまは知恵とか記憶力を高めてくださって、勉強できるようにしてくださるんです。じゃ、いいですか」
急いでいるんだろう、ペコリとお辞儀すると、急いで十三参りの行進の列に混じっていった。
ほんの三十秒ほどでホームは人気が無くなり、喧騒は駅舎の向こうの参詣道に移っていった。
プシューーー
列車が一息ついたような音をさせて、最後尾の車両から車掌さんが下りてきた。
「あなたたちは、十三参りにはいかないんですか?」
「ハハ、十三歳はとっくに過ぎちゃったから」
「ああ、そうですか」
声にピンときた。
「車内放送してたのは車掌さんですね?」
「ええ、お参りに着いての注意事項をね……」
「注意事項?」
「え、まあ、よく考えてからお参りしてください的な」
あいまいな言い方には、なんだか諦めの響きがあるように感じる。
「次の列車は三時間後です。では、じぶんはこれで」
車掌さんは制服に相応しい実直な足どりで行ってしまった。
出発まで「こ」の寺町を歩く。
一休さんのような小僧さんと目が合った。
「あなたは……」
一発で正体が分かるマヤだ。
「ハハ、堕天使さんにかかっては仕方がないですね」
「えと、ハナマルキのCMキャラ?」
恵美が指を立てる。恵美が得意になった時のポーズだ。トンチンカンな答えだが無理もない、小僧さんは味噌屋の前に立っていたのだから。
「虚空蔵菩薩さんよ」
「え、あ、失礼しました!」
「持て余してるんですね」
「ハハ、知恵とか記憶力とかだけ伸びてもねえ……しかし、授けないわけにもいかなくて……仕事は分身に任せてあります。そうだ、ここで会ったのも何かの縁です、この店でお味噌汁でもいかがですか」
味噌屋さんにはイートインがあって、お味噌汁がいただけるようだ。
「九州の味噌天神さんが出していらっしゃるんですよ、なかなかの味です」
店内には優しそうなおじさんが店番、一杯のお味噌汁にホッとしたマヤと恵美。
ふと、おじさんの横顔が菅原道真さんに見えたが、黙って微笑むだけにしておいたマヤでありました。