堕天使マヤ 第一章・遍歴・10
《試行錯誤⑦アイドルの救済・3》
「マヤ、この良美という子は役者になろうという気持ちがないよ」
スタニスラフスキーが申し訳なさそうに言った。
マヤは、ため息をついた。
この前は千田是也(日本の近代俳優教育の基礎を確立した俳優座のおじさん)に来てもらったが、答えは同じだった。
マヤは現実の世界に死者の魂を呼ぶことはできないが、霊的な亜空間なら、それが可能だ。
あれから三か月がたち、覚せい剤依存からは抜け出せたが、俳優の訓練を始めたとたんにアウトだった。千田是也の最後の言葉は「ゼロに何を掛けてもゼロだよ」だった。
「スタニスラフスキーさん、なにかアドバイスはないですか?」
すがり付くような思いでマヤは聞いてみた。
「うーん……良美という子は、役者ではなくて、アイドルのままでいたかったんだ、年齢と積み重ね過ぎたキャリアが許さなかったんだろうが……マヤが正天使なら、良美の時間を巻き戻して、人生をやり直させることも出来たんだろうけどね……すまん、マヤを傷つけるつもりじゃないんだ。また役に立つことがあったら、遠慮なく言ってくれたまえ」
マヤは途方にくれた。亜空間の時間は、現実世界ではゼロなので、いつでも現実世界の「今」に戻してやることはできたが、それでは良美を、落ち目のアイドル役者に戻すだけで、結論は転落しかない。
「良美、あなた、本当は卒業なんかしたくなかったんだ」
「……うん、できることなら、ずっとアイドルグループにいたかった。卒業して芽の出る子もいるから賭けのつもりで卒業したんだけどね」
「あたしは堕天使だから、やれることは限られてるけど、解決策が見つかるまで、ここでアイドルだったころの夢を見続ける?」
本質的な解決にはならないが、いま、この亜空間で苦しんでいる心からは僅かの間ではあるが、痛みを取り除くことはできる。
「良美、アイドルでいたのは何年間?」
「……オーディション受けたのが、八年前だから……研究生のころは苦しかったけど、目標があったから楽しかった」
「じゃ、しばらく眠って、八年間を追体験してみる?」
「追体験?」
「八年かけて、アイドルであった時代の夢を見るの。まあ、人生のリプレイ。ここ亜空間だから現実社会では時間はたたないし、良美も歳をとることもないわ。その間に、あたし解決策を考えてみる」
「ありがとう……でも、どうして、そこまでしてくれるの?」
「あたし堕天使……天使の落ちこぼれだから、この世で何人か何十人か、それ以上かの魂を救済しなくちゃ天使に戻れないんだ……いまんとこ失敗ばかりだけどね、なんとかしてみるよ」
「そうなんだ、あたしと似てるね……マヤに任せるわ」
マヤは良美を眠りにつかせた。良美は明るく生き生きした顔のまま眠りについた。
「早く解決策みつけなきゃね……」
マヤは元気なく微笑むと、現実の世界に戻っていった……。