🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・9
『新しい制服』
今日から新しい制服だ。
新しいと言っても、新入生だとか転校生というわけじゃない。
このデブ物語を最初から読んでくれている人には分かると思うんだけど、先週、部屋から出ようとしてブレザーのボタンが吹っ飛んだ。
ブレザーが小さくなった……へいへい、正直に言うと、増える体重が110キロの大台に突入した。
「横綱はれる貫録だわね」
オフクロがデリカシーのない誉め方をしながら写真を撮る。
「せめて、ラグビーの日本代表ぐらいにならない?」
「相撲は日本の国技よ」
フォローになっていない。
「あ、ハンカチ……」
ハンカチを忘れたふりをして桃の部屋に行く。姿見で自分のナリを確認するためだとは言えない。
桃の部屋は桃が生きていたころのままにしてある。
淡いアイボリーをベースにした部屋は、ちょっと大人びていると言っていい落ち着きがある。中学の入学祝に、桃が買ってもらった姿見のカバーを取る。二歩下がって、姿がおさまらないので、もう一歩下がる。
「う~ん……ラグビーの日本代表には見えないか」
腹を引っ込めて胸を張ってみる。
「これならいいか……」
ヌフフ、ちょっと目の垂れたところなんか五郎丸に似ていなくもない。目方が増えたといっても、滲み出る男の魅力ではある。
「どうかなあ……」
姿見に映った桃が、ため息とともに言う。
「そんな息吸ったままじゃ、いられないでしょ」
「そんなことないぞ」
言葉とともに息が漏れると、もとの横綱にもどってしまう。
「アハハ、でしょ?」
「笑うな!」
振り返ると、桃の姿がない。
「あたし、ここ」
「なんで鏡の中にいるんだよ」
「だって、兄ちゃん邪魔なんだもん」
なるほど、六畳の部屋に二人はきつそうだ。
「普通の二人なら、いけるんだよ。でも、その体格じゃね」
「幽霊なら、なんとかしろよ」
「無茶言わないで、幽霊でも部屋を広げたりはできないよ。自分のデブをなんとかしなさいよ」
「殺すぞ」
「ハハ、もう死んでるもん!」
「…………」
返す言葉も無く、ハンカチを持ってリビングに下りる。
「お父さんから写メだわよ」
オフクロがスマホを見せる。画面にはデブの警官が写っていた。
――警視総監賞五回の堂本巡査部長!――と書いてある。警察にも優秀なデブがいるという慰めなんだろう。
親父は捜査一課長という大変忙しい職務についている。けれど、こまめにオフクロとオレとの時間を作ってくれたり、折に触れてメールをくれたりする。
でも、この堂本巡査部長はいただけない。
これはドラマに出てきたデブタレントだ。堂本という優秀なデブ警官は実在するんだろうけど、急には画像が見つからなかったんだろう、適当にデブ警官で検索して送ってきたようだ。
ちょっとフレッシュな気持ちで学校に行ったが、新しいブレザーに気づいたのは八瀬竜馬だけだった。
廊下で桜子に出会ったので声を掛けてみた。
「桜子!」
「なに?」
「あ……特に用はないんだけどな」
「用が無きゃ、声かけないで。これから体育なんだから」
迷惑そうに言うと、プイと顔を背けて行ってしまった。
どうにも凹んでしまう月曜日だった。