🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・4
『桜子・3』
「定年を前に、欲が出たんだよ」
クリニックの待合で、桜子はポツリと言った。
診察の結果は捻挫だった。歩いては帰れないので、桜子は、ためらった末に父親に電話した。「多分ダメ」と言いながら電話すると、意外に「直ぐ迎えに行く」との返事だった。
桜子は待合で父親の話をし始めた。
「いまさら転勤しても退職金が増えるわけでも給料が上がるわけでもないの……肩書が課長になるだけ。そんな見栄の為に、高三を目前に転校、やってらんないわよ」
「それで、ちょっと変だったんだな……」
桜子の唇がわなないた。取り返しのつかない毒を吐きそうなので、ロビーの自販機に向かう。
「ビターあるかなあ……」
うまい具合に、B社のビターコーヒーがあった。桜子の定番だ。
「……ありがと……こういう気配りはできるのにね」
ビターコーヒーを受け取りながら横目でオレを見る。別の毒を吐かれそうだ。
「無理かもしれないけど、体重落としなよ。そんなんじゃ、彼女なんかできないわよ」
缶コーヒーを飲みだすと、マフラーに隠れていた喉があらわになる。桜子のチャームポイントの一つ。
「なに見惚れてんのよ」
「見惚れてなんかねーよ……」
「そんなグビグビ飲まないでよ。桃斗の喉って変態ブタみたいだよ」
変態ブタはないだろ。
「さっきオンブしてた時は、そんなにヤラシクなかったのに、今のヤラシ過ぎ。彼女だけじゃなくて友だちとかも無くすよ」
「うっせ。八瀬とかちゃんと友だちだし」
「八瀬も変態だし……」
桜子は、マフラーをずり上げて、コーヒーを飲む。横目で睨みながら。
「こんどの学校、女子高なんだよね……」
「なんで女子高?」
「あたしって、成績いいから。絞ると、そうなっちゃうの。県で二番目の進学校。一番は共学だけど下宿しなきゃいけないから」
「……そうなんだ」
それっきり、二人とも黙った。
待合の鳩時計が5時を知らせはじめた。
「あ、鳩時計なんだ」
「ちょっと太り過ぎの鳩ね」
鳩は、5つ目のパッポを鳴いて、ポロッっと落ちた。
「「あ……」」
二人の声が揃って、看護師さんが出てきた。
「院長先生、また鳩が落ちました……やっぱ、この代用品のブタ鳩だめです、ちゃんと修理に出さないと……」
あろうことか、看護師のオネエサンは、鳩をごみ箱に捨てた。
「可哀そう……!」
そう言う割には、桜子の目は笑っている。女って無慈悲だ。
「ブタでもさ、紅の豚のポルコロッソみたいなのもいるぞ」
「開き直るんだ……すみませーん、このブタ鳩もらってもいいですか?」
――どーぞ――
「そんなもん、どーすんだよ?」
「今日の記念」
「記念?」
「捻挫したの初めてだから。戒めよ」
桜子がポーチにブタ鳩を入れたところで自動ドアが開いた。
「あ、お父さん」
桜子のお父さんは、オレに礼を言って、こう続けた。
「今日はありがとう。よかったら車で家まで送るけど?」
「あ、どうも……」
「いいよ、桃斗とは、そういう付き合いじゃないから」
「桜子、救けてもらっておいて……」
「いいですお父さん、ボクこれから行くとこありますから」
「そう、じゃまた。ほんとうにありがとう。桜子、肩に掴まりなさい」
「あ、うん、ありがと」
父娘は、玄関のドアから出て行った。
一呼吸おいてクリニックを出る。これから行くとこなんかないのに……。
ブレザーの襟を立てて駅に向かう。
スマホが鳴った……親父からだ。
――仕事が早く終わった、駅前まで出てこい。お母さんと3人で飯を喰おう――
少し気が重いけど――了解――と、返事を打つ。
信号を渡ったところで、またスマホ。桜子からだ!
――100キロ以下になれ、友だちぐらいには戻ってやるぞ――
🍑・主な登場人物
百戸 桃斗……体重110キロの高校生
百戸 佐江……桃斗の母、桃斗を連れて十六年前に信二と再婚
百戸 信二……桃斗の父、母とは再婚なので、桃斗と血の繋がりは無い
百戸 桃 ……信二と佐江の間に生まれた、桃斗の妹
百戸 信子……桃斗の祖母 信二の母
八瀬 竜馬……桃斗の親友
外村 桜子……桃斗の元カノ 桃斗が90キロを超えた時に絶交を言い渡した