堕天使マヤ 第三章 遍路歴程・7
『「き」の街をデモがいく』
「か」の山を後ろに背負いながら、マヤと恵美は「き」の街を目指した。
「あ、あそこ!」
「き」の街はずれまで下ると麦畑の中にトランプ模様のハングライダーが落ちていた。
「兎のハングライダーよ」
「え、アリス兎なら不思議の国に行くんじゃないの~?」
恵美がのどかに言う。
「「き」の街が不思議の国かもね。なんだか妙な気がただよっているような」
「どんな気?」
「曰く言い難し、「き」広場に行ってデモに参加すれば分かるかもね」
「スマホをナビにしてみるね」
恵美は兎にもらった赤いスマホをONにした。
「ちょっと距離がある……十時には間に合いそうもない。どうしようマヤ?」
「あれを使おう」
マヤは、トランプ模様のハングライダーを指さした。
「すごい、まるで『魔女の宅急便』だ!」
二人は近くの川の堤防からハングライダーを飛ばした。マヤが白魔法で川の上を吹く風と上昇気流の力を倍増させたのだ。
「「き」の街って果てが見えない、それに、この空気……」飛んでみたものの、少し心配げなマヤ。
「涼しい! すごい、すごい!」と、ただ無邪気に喜ぶ恵美。
「ここで降りるよ」
「え、ここ?」
マヤは「き」広場の二キロ手前にハングライダーを降ろした。
「どうして公園に? 広場までは、まだだいぶあるわよ」
「ちょっと悪い予感。広場までは歩くよ」
「この暑い中を?」
「先々涼しくいられるようにね」
公園を抜けると住宅街、そして都心のビル街へと続いていた。三十分ほど汗を流しながら歩くと、広場に向かう人たちが、あちこちの道やら地下鉄の出口から滲み出てくる。
思ったほど多くはない。
「一万人ほどいるかな!?」
「そんなには居ない。千ちょっとよ」
ふだん街中で、これほど人が集まったところを見たことがない恵美には一桁多く感じられた。
「わたしは、殺されたくないし、殺したくない。だから居ても立っても居られなくなって、議会まで、その意志を表明しながら歩くことにしました。そしてスマホで呼びかけました。すると、こんなに人が集まりました。ありがとうございます。戦争をするための、人を殺すためのAP法案に、わたしは反対します。物言わぬ世代と言われたゆとり世代、そんな私たちにも骨があるところを見せてやりましょう!」
メールの発信元と思われる女子大生風が上気しながらハンドマイクを握り、涙ながらに語り続けている。
「彼女かわいいけど、リーダーになるには、ちょっと荷が重いな……」
マヤがそう思っていると、ビルの谷間を縫うようにしてトランプのハングライダーに乗った青年が飛んできて、群衆の真ん中に降り立った。
「あ、我々のリーダーだ!」
「指導者だ!」
そんな声が上がり、彼は瞬くうちにビールケースの演台に押し上げられてしまった。
「なんなの、あの人? あのハングライダー、あたしたちが乗ってたやつだよね」
「あれに乗って飛んできたら、リーダーにさせられるように出来ていたんだ……」
青年は、戸惑いつつも数分喋ると、みんなの喝采や熱気で自他ともに真の指導者のような気がしてきた。
「それでは!」と、女子大生風。
「「く」ちびる議会目指してしゅっぱーつ!」
にわかリーダーの青年が、蝉しぐれの中、先頭に立った。
🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!・
13『古いブレザー?』
「どっこいしょ」
爺さんみたいな掛け声をあげてしまった。思いのほか大きな声だったのでクラスのみんなが笑っている。
三好紀香など――黙れデブ!――のオーラを背中で発している。持久走で救けられたことが屈辱になっているのだから仕方がない。
でも、授業の終わりの起立礼で「どっこいしょ」が出たぐらいで、クラス中から蔑んだような注目を浴びるのは……。
イヤダ!!
「百戸、バレてないと思ってるだろ?」
八瀬が顔を寄せてくる。
「なにがだよ?」
「授業中、こっそりとジャガリコ食ってるだろ」
「食ってないよ!」
これまた声が大きく、移動の遅れたクラスメートに笑われる。
「机の中を見てみろ」
「食って……ああ!」
昼のおやつに買っておいたジャガリコの蓋が開いていて、八割がた中身が減っていた。
「ひょっとして、無意識に食ってたのか?」
「…………」
「しっかりしろよ、戦友」
背中を叩かれて、体育の授業のため移動する。
階段の踊り場まで来ると、桜子に出くわす。
「桃斗、何かした?」
「え、どうして?」
「クラスの子たちが、移動しながら『百戸くんが……』とか『百戸ったら……』とか言ってたから」
「あ~、今は話したくない」
「ん……?」
桜子を背にして階段を下りる。
「うっそー! やだー!」
桜子のビックリ声がして、八瀬がニヤニヤと駆け下りてくる。
「桜子に言うことないだろが!」
「ほっときゃ、あちこち聞きまわって、ややこしくなる」
さもありなんなので、大人しくピロティーを通って更衣室に向かう。
前の時間が体育だったんだろう、一年の野呂たちが更衣室から出てきて一年生の教室が並んでいる南館に向かっている。
「ん……?」
きつめだった野呂のブレザーが、余裕でフィットしている。
沙紀が後ろから野呂の背中を叩き、振り向いたはずみでブレザーの裏が見えた。
「え……?」
野呂のブレザーの裏には『百戸』の刺繍が……あれは、廃品回収に出した、オレの古いブレザー?