🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!
10『百戸先輩!』
うっかり眠ってしまった。
放課後は、たいてい真っ直ぐに下校している。
しかし、体重が増えるに従って、満員電車が億劫になってきて、この頃は時間を潰してから校門を出る。
今日は、階段下の旧演劇部の部室で横になっているうちに上と下の目蓋が講和条約を結んでしまった。
「殺すぞ、デブ!」
びっくりして目が覚めた。
桜子などから眉をひそめられることはあったが、デブが原因で「殺すぞ!」と言われたことは無い。続く「デブはキモイんだ!」というフレーズで、罵倒がガラスの向こうから聞こえてくるのが分かった。どうやらオレにかけられた言葉じゃない。
ガラスの向こうには、どうやらアベックが居る。アベックは当然うちの生徒で、男がデブ(オレほどじゃないけど)、女は、ちょっと目には可愛いが、どうも人柄はイマイチ。
バシッ!
デブが張り倒される音がした。自分が張り倒されたような気になって、思わず目をつぶる。
女の気配が消えてから、外に出てみた。オレほどではないデブが悄然と立ち尽くしていた。
「ほら、ティッシュ。唇切れてっから」
オレほどではないデブは、ティッシュを渡されて初めて怪我に気が付いた。
「すみません……」
オレほどではないデブは、ノロノロと唇を拭くと、少し迷ってからティッシュをポケットに詰め込んだ。
「デブ同士のヨシミだ、話を聞かせろよ」
昼休みでもないのに一人で食堂に行くのは躊躇われるが、デブ二人になると平気になり、ソバの大盛りをトレーに載せて席に着いた。
「あんなDV別れちまいなよ、ズルズル……」
「はあ、ズルズル……ぼく一年B組の野呂っていいます。ズルズル……」
オレほどではないデブ、いや野呂は、開口一番のアドバイスには反応しないで、自己紹介を始めた。むろんデブらしくソバを啜りながら。
「沙紀は悪くないんです。ズルズル……」
野呂の食べ方は勢いがありすぎ、ソバの汁が盛んに飛び散る。
「もうちょっと穏やかに食えよ。ズルズル……ズー……」
「デブになったぼくが悪いんです。デブは犯罪ですよ。ズルズル……ズー……」
ソバを食べるペースは同じで、いっしょに出汁を飲み干す。二人の啜る音が食堂一杯にこだまする。
「デブは感心しないけど、うまくいかないことを、全部デブのせいにするのは間違ってるぞ」
「沙紀はいい娘なんです。ああやって、ぼくを励ましてくれているんです」
「それは違うぞ」
「百戸先輩。先輩は希望の星です」
話がかみ合わない。で、二つびっくりした。オレの名前を知っていることとオレを希望の星などと言うことだ。
「先輩は有名人です。デブでありながら気後れしたところがありません。沙紀も百戸さんのデブは別格だと言っています」
「そんなことはない。デブはオレ自身気にしてるし、周りの人間からも、いろいろ言われてる」
「先週も、持久走で倒れた女子を救けていたでしょ。その前は市役所で放送部の外村さんを救けていたし」
「そんなことまで知ってんのか?」
「百戸さんをデブ会の会長にしようって話もあったんですけど、ぼくらは、とても先輩の真似はできませんから、先輩を希望の星に仰いで、ダイエットに励みます! で、ぼくを弟子にしてください!」
「で、弟子!?」
「お願いします!」
「弟子ってのは……」
「じゃ、とりあえず身近な後輩……それではどうでしょう?」
「あ、ま、それくらいなら」
「よかった!」
そう言うと、野呂は大きく手を振った。なんぞやと振り返ると、先ほどの沙紀が三人の女生徒を引き連れて食堂の入り口に立っていた。
「沙紀、百戸さんとお近づきになれたよ!」
「よかった、体張っただけのことはあったね!」
野呂は、沙紀と取り巻きがキャーキャー言う中に加わって、合格発表のようになった。
「それじゃあ、これからもよろしく!」
沙紀が音頭をとると、みんなの声が揃った。
「「「「「「「「百戸先輩!」」」」」」」」
いったい何が起こっているんだ!!??