鳴かぬなら 信長転生記
「さあ、行くよ!」
踵を踏み潰したローファーをつっかけると、さっさと昇降口を出ていく孫市。
ちゃんと履いた分、遅れたが、校門を出る時には横に並んだ。
「元康も来れば良かったのにね」
「慎重だからね、元康は」
「慎重?」
「…………」
しまったかな。オウム返しに言ったまでだが、ニュアンスが『臆病?』になってしまった。
仮にも戦国の英雄たちが転生してきているんだ、いわば民族の英雄。それを臆病はまずかったか。
「いや、慎重なのよ『鳴かぬなら 鳴くまで待とう時鳥』だからね。こっちに転生するときも『いきなり家康で転生しては驕りが出る。竹千代からやり直す』って言ったんだけどね、学院は高校だから、小学生は入学できませんと言われて元康から始めてるのよ」
「そうか、真面目なのね」
「ふふ、あれで抜け目も無い。だって、うちの生徒会長は今川義元で、元康ってのは義元が付けた諱(いみな)だしね」
「媚びたのか?」
「ふふ、棘があるわよ」
「あ、ごめん。男には、つい厳しくなってしまう」
「おかげで、苦労もしている。まあ、大目に見てやって」
「うん、すまない」
「もう、そんなに硬くならないでよ。あたしは100%楽しいんだからさ、大っぴらに学園に行けて!」
「フフ、そうだったね」
学院と学園は行き来が禁じられているわけではないが、さすがに授業中に足を踏み入れるのは憚られる。授業中に行ったからといって、どうということもないと思うのだが、他の学園生はやったことが無いという特別感が嬉しいのだろう。こういう子どもっぽさは好ましい。
言ってるうちにバス通りに出て、ちょうどタイミングよくやってきた巡回バスに乗って、転生学園を目指す。
今日は、午後から転生学園に初登校の日なんだけれど、生徒会の配慮で、孫市といっしょに行くことになったんだ。
「いやあ、よう来たぁ! 今川生徒会長からも電話をもろうて『宜しゅう』と言われたぜよ。学校言うがは不便なもので、受け入れるとなると教師か生徒の二択しかないきね、生徒の扱いだけんど、自由にやって、心身ともに癒してちょうだい」
「はい、ありがとうございます。あ、福田校長の紹介状です」
「あはは、こりゃご丁寧に。うちから従三位さまに渡いちょくわ」
「従三位さま?」
「ああ、うちらは、そう呼んじゅー。気さくな方で、学校の事は、生徒会に任せてくださっちゅー。学園の方もそうろう?」
「いや、まだ転生に来て日が浅いので、紹介状も今川会長から伝達されました」
「そうろうそうろう、それから、うちには敬語使わいでええきね」
「しかし……」
「うちは土佐は高知の郷士の子やき、丁寧な言葉遣いというのには慣れいでねえ。海近くの育ちは、まあ、こがなんなのよ。ねえ、孫市」
「そうだそうだ」
「うちも、リュドミラが三国志の方に行っちゅーんで、射撃部の指導ができる者がおらんでさ。良かったら、孫市も時どきでええき指導に来ちゃってよ」
「ほんと!?」
「本当じゃあ! 謝礼は学食ランチ回数券一か月分やし! どうぜよ?」
「オッケーオッケー!」
「そうか、それなら、まずは歓迎会や。あ、クラスは市と同じ七組や、そうや、市も呼んじゃろう!」
乙女生徒会長は、授業中であるにも関わらず、校内放送で市を呼び出すと学食……と思いきや、駅前の『皿鉢料理』の店に連れて行ってくれる。
「さらはち料理?」
「皿鉢と書いて『さわち』と読むがよ。学食でも出すけんど、やっぱり生きの良さでは専門店だしね」
見ると、孫市は、きちんとローファーを履いている。むろん、踏み潰した踵には痕がしっかり見えている。TPOは心得ているようだが、こういうところが孫市らしい自己演出なんだろう。
遅れてやってきた市は、三国志に居た時、家で信長といっしょに居る時とは、また違う、キリッとした女学生ぶりが、結んだリボンの端にまで現れていて好ましかった。
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生 ニイ(三国志での偽名)
- 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹 シイ(三国志での偽名)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っ子 越後屋(三国志での偽名)
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 雑賀 孫一 クラスメート
- 松平 元康 クラスメート 後の徳川家康
- リュドミラ 旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ 劉度(三国志での偽名)
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん
- 孫権 呉王孫策の弟 大橋の義弟