鳴かぬなら 信長転生記
リビングが盛り上がっている。
転生学園の乙女生徒会長が、持ち前の明るさでもてなしてくれたのが、よほど嬉しかったと見える。
茶姫の喜びは市の喜び。市が喜んでいれば……まあ、俺もまんざらではない。
学園では皿鉢料理でもてなしてもらったというので、今日は、そのお返しのご飯会だ。
「満漢全席でもてなしたい!」
茶姫は、見かけよりも逞しい腕に力こぶをつくった。
「気持ちは分かるがな、うちのリビングでは、料理の半分も並べられんぞ」
そう言うと、しみじみとリビングを見渡して「満漢十席ぐらいにしておこうか」と、それでも朝早くから市とキッチンに立って、「これで十席か!?」と驚くほどの料理を並べた。
俺も久々に食欲と意欲が湧いて、料理に見合った器のあれこれが浮かんでくる。
「それって、ぜんぶ現世に置いてきたやつでしょ!」
市に怒られる。
「しかしなあ、こんなに旨そうな料理を百均の器に盛るというのか?」
「あ、百均バカにしたなあ! っていうか、あんた、百均だったの知ってたの?」
「これでも、天下の織田信長だ!」
「仕方ないでしょ、あんた、すぐにお茶碗握りつぶしたりたたき割ったりするじゃない『是非に及ばず!』とか叫んでさ」
「それはデフォルトだ! お約束の決めポーズだ! 是非に及ばなかったら、次の展開に結びつかんだろーが!」
「それにさあ、三国志からこっち、わたしも疲れちゃってさ、創立記念の休校日にビルトインの食洗器付けちゃったのよ」
「しょ、食洗器だと!?」
「だって、あんた、お酒も飲まないのにご飯食べるの時間かかるでしょ。洗い物大変なのよ。お風呂あがったら、もう水仕事なんかしたくないしい」
「この横着者め! 食洗器は食器が痛むんだぞ!」
「だーかーらー百均なの!」
「だいたい、洗いものをかって出たのは市のほうだろーが」
「それは、お料理作んのは苦手だしぃ……いや、だから、それも含めて、今度は茶姫といっしょに作るからあ」
「だから、せめて食器をだなあ」
「食洗器」
「グヌヌ」
まあまあまあ(^_^;)
あっちゃん(熱田大神)が仲裁に入ってくれた。
「じゃあ、一晩だけ前世の食器貸してあげるからあ」
「え、食器を?」
「わたし、神さまだから」
考えてみれば、茶姫を出迎えた時も鎧兜をいっぱい出しておったな。
「洗い物は、高校生のご飯会なんだから、みんなで手洗いでいきましょうね」
と、まあ、ご飯会は盛り上がった。
信玄と謙信は、高校生のご飯会だというのに、酒樽を持ち込んで飲みっぱなし。
武蔵は、料理が取りにくい(満漢十席でも、リビングいっぱい)ので、紐をつけた小柄で料理を引き寄せて喝采を受ける。
宗易はニコニコと聞き役にまわり、織部は、予想通り器の美しさにため息ばかりついている。
孫市は鉄砲と日の丸の扇子を取り出して、雑賀鉄砲衆の囃し歌。元は、むくつけき男どもの戯れ歌、それを美少女になった自覚もへったくれもなしにやるもんだから、危ないやら面白いやら。ただ、興がのる度に鉄砲をぶっ放すのには困った。
乙女さんは、盛り上げながらもバランスのとり方は上手いものだ。さすがは龍馬の姉、飲んでも食べても、人をからかっても、慰めても、怒っても、乙女さんの周囲は日の当たったように明るい。さすがは、理事長から学園の経営を任されているだけのことはある。
それに引き換え、うちの副会長の石田三成は暗い。暗いから無視。三成と光秀をセットにしたら、きっとブラックホールができると思うぞ。
元康は、生徒会長の今川義元の機嫌ばかりとってやがる。
その義元は、初めて見るんだが、薄化粧が気持ち悪い。前世と違って、いまは女、それも美少女なんだから化粧ぐらいしてもおかしくはないんだが、頭の中に(今川義元=キモイ!)という公式ができあがっているのだから仕方がない。
さすがに人あたりしたようで、ちょっとだけ自分の部屋に戻る。
最後は―― 人間五十年~ 下天の内に比べれば~ ――と敦盛の一指し舞って締めくくってやらねばならない。
コンディションを整えておかねばな。
フト思った。今回の三国志探索は不首尾に終わっている。
型通りの報告は生徒会にあげてあるが……いいのか?
今川義元と石田三成だぞ……それに、このご飯会、それぞれの個性が出ていて面白くはある。
茶姫もみんなの善意に応えられて嬉しそうにはしている。もし、茶姫が望むなら、一生この扶桑の国で過ごすのもいいだろう。
でも、三国志という問題は放置したままだ。リュドミラ一人をあちらに残して……いいのか?
本能寺の前夜ほどでは無いが、将軍足利義昭を放置していた時のようにおさまりが悪い。
トントン
その収まりの悪さをピン止めするかのようにドアがノックされた。
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生 ニイ(三国志での偽名)
- 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹 シイ(三国志での偽名)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っ子 越後屋(三国志での偽名)
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 雑賀 孫一 クラスメート
- 松平 元康 クラスメート 後の徳川家康
- リュドミラ 旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ 劉度(三国志での偽名)
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん
- 孫権 呉王孫策の弟 大橋の義弟