大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

くノ一その一今のうち・42『甲府城・3・夜の稲荷曲輪』

2023-02-23 14:34:02 | 小説3

くノ一その一今のうち

42『甲府城・3・夜の稲荷曲輪』 

 

 

 その深夜、改めて天守台に潜んでいる。

 

 昼間は中断した。観光客に化けた敵がうろついていたからだ。

 眼下の稲荷曲輪では監督やスタッフたちが来週撮影予定の深夜ロケの下調と準備に余念がない。

「昼間の続きだ」

 声まで違う。

 今は、課長代理の服部半三そのもので、軟弱脚本家三村紘一の片鱗も見せない。

「稲荷櫓が再建されたのは、再建工事にことよせて信玄のお宝を探すためだ」

「木下が工事を請け負ったんですか?」

「いや、甲府の地元にもお宝を狙っている者がいる」

「地元にもですか?」

「見ろ、あの謝恩碑」

 本丸の対角線方向に聳える謝恩碑はライトアップされて発射の時を待っているロケットのようだ。

「あの明治の大水害でも、信玄の埋蔵金には手を付けなかった。まあ、探しても容易に見つかるお宝ではないがな。武田家には三つ者と呼ばれる忍びたちがいたんだが、その裔の者たちがあの謝恩碑に『埋蔵金に手を出すべからず』と暗号を記している」

「え?」

「忍びの仕込文字だ、見た目には分からん。その三つ者たちが甲府市や県まで動かして再建したのが稲荷櫓。床下から地下道が……掘ったのか見つけたのか存在する」

「潜ってみたんですか?」

「何度かな……善光寺の戒壇巡りよりも難しい」

「課長代理でも……」

「あの石垣を見ろ」

 目を凝らすと、稲荷曲輪の石垣にいびつなところが見えた。幅五メートルほどの崩れがあって、崩れた石垣の中には別の石垣が覗いている。前には二重石垣の説明版も見える。

「最初に甲府城を築いたのは太閤殿下だ。その後、家康が天下を取って築き直した」

「大坂城と同じですね」

「太閤殿下は『信玄の埋蔵金などタカが知れておるわ』と申されて、この地にあったとされる手がかりごと埋め立てて城を築かれた」

「そして、家康が、さらにその上に城を築いてしまったというわけですか」

「本来の隠し場所、その上の城、そのまた上の城、工事を重ねるにしたがって、複雑に呪がかけられている」

 呪とは、おまじない。

 安倍晴明のように術として掛けることもあれば、作事や工事、人の想いが重なってかかってしまうこともある。

「その両方がかかっている」

 う……あいかわらず、心を読まれる。

「……気配を感じます」

「ああ、敵も焦っているようだ」

 身を隠すために天守台の石垣ギリギリのところで腹ばいになっているので、微かな地中の気配でも感じてしまうんだ。

「モグラが居る……昼間地上に出ていたモグラのようだな」

 確かに似た気配だ。しかし地中……稲荷櫓の床下から潜るのか?

「あそこから潜るぞ」

 課長代理が示したのは稲荷曲輪の端にある井戸の跡だった。

「承知」

 応えた時には、すでに課長代理はヤモリのように石垣を下りはじめている。

 

 監督たちは、ロケの背景にする稲荷櫓の周辺で、照明やカメラアングルのテストに余念がない。衣装やメイクさんたちもなにやらタブレットと台本片手に真剣だ。おそらく、夜の光や櫓の白壁に合わせる工夫をしているんだ。昼間は大学のサークルみたいなノリでやっているけど、やっぱりプロ。大したものだと思う。

 その分、曲輪の反対側、井戸の周辺は人気(ひとけ)が無い。

「やはりな」

 課長代理の呟きの意味は直ぐに分かった。

 井戸蓋の鉄格子の鍵は外されていた。敵は、ここから侵入したんだ。

―― それだけではない ――

―― え? ――

―― 開けたからには閉める者がいる ――

 そうだ、忍者は忍び込むにあたって複数の侵入口を確保する。入ったところから出ては発見される確率が高くなる。

 ここは城址公園、朝になれば観光客が来る。係員の見回りもある。

―― ロケチームの中に敵がいる? ――

―― 朝になれば分かる、行くぞ ――

―― 応 ――

 忍び語りになっても、課長代理は多弁だ。駆け出し下忍のわたしを教育しようという意味もあるんだろう。

―― 性分だ、気にするな ――

―― 応 ――

 

 昨日の戒壇巡りでは、それとなく夜目の準備を指示されたが、今回は無い。言われなくても天守台を降りる時から片目をつぶって準備していたけどね。

 三十メートルほど行ったところで足が止まった。

 自分で停まっておきながら、瞬間は訳が分からない。

 忍者の五感は常人とは違って、脳みそが判断する前に反応する。一呼吸おいて脳みそも追いついた。

―― この先、広い空間になってます ――

―― 少し探るぞ ――

 わたしも課長代理も呼吸をおさえ、五感全てを動員して様子を探った……

 

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母(下忍)
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
  • 服部課長代理       服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
  • 十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

RE・かの世界この世界:018『相席』

2023-02-23 07:47:52 | 時かける少女

RE・

018『相席』   

 

 

 B駅へ向かうために下りのホームへ。

 
 B駅は下りの先頭方向に改札があるので、ホームの前の方、一両目の印があるところに立つ。

 電車がやって来る上り方向を覗うと、三十年前のお母さんとお祖母ちゃんが現れた。

 同じ電車に乗るんだ。

 嬉しくなって少しだけ寄ってみる。

 
―― あの娘さんのお蔭ね ――

―― そうね、クーポン券、今日が期限。気が付かなきゃ、そのまま帰ってた ――

 お母さんがヒラヒラさせているのは令和でもB駅近くにあるBCDマートだ。昭和六十三年だったら新規開店で間もないころかな。素敵な靴が手ごろな値段で手に入るので有名。三十何年後のお母さんもちょくちょく利用しているご贔屓の量販店だ。

 ウキウキしているお母さんが新鮮で、わたしは、やってきた下り電車の一両隣の車両に乗った。

 連結部分のガラス窓を通して―― お母さん可愛い ――くすぐったく見ているうちにB駅に着いてしまった。

 
 改札の位置が違う。

 
 三十年前のB駅は改装前で、改札に続く跨道橋は中央寄りにあった。

 わたしは、お母さんとお祖母ちゃんの後姿を愛でながら改札を出た。

―― あ、クレープ屋さん! ――

 お母さんがロータリー端っこに停まっているキッチンカーに気づいた。

 女子高生らしい勢いで突進すると。十人ほどの列の最後尾について、お祖母ちゃんにオイデオイデをしている。

 なんだか可愛い。あんな無邪気なお母さんは初めてだ。

 
 おっと、ミカドを探さなきゃ。

 
 首を半分回したところで発見。ロータリーに繋がる商店街の角に、これまた新規開店のミカドが見えた。

 三十年後はたこ焼きのお店があるはずの場所だ。

 先輩に言われた時間まで一分あるかないかで窓際のシートに座る。

 わたしの後ろから入って来た学生風のお兄さんが―― おっと ――という感じで窓際の席を諦めて、奥の四人掛けに収まった。

 ミカドは流行っているようで、カウンター以外の席は埋まってしまっている。

 むろん窓際は四人掛けなので、その気になれば相席できる。満席に近いのに四人掛けを占拠していることに収まりの悪さを感じる。

 オーダーした紅茶を待っているうちに営業見習いって感じの女性が入って来た。

「すみません、ここ、いいですか?」

 わたしの四人掛けの向かいを指して笑顔を向けてきた。

「あ、ええ、どうぞ」

 斜め前に座った見習女史は、ぶっといシステム手帳とA4の書類や紙袋やメモの束を出して仕事を始めた。

 これなら四人掛けでなきゃならないはずだと納得。営業の仕事なんて分からないけど、令和だったら、スマホかタブレット一つで済むんだろうね。何の仕事だろう……紙袋から覗いているのは原稿用紙の束、色鉛筆で直しが入ってる……作家の原稿? 気が付いて「おっと」と呟いて紙袋の口を閉めた。置かれた手帳にはわたしでも知ってる作家の名前やら日程、時程が書き込まれて……出版社の編集見習い? 

 わたしも冴子も作家とかに憧れはあるけど、じっさいは出版社の編集とかに成れたら御の字とか思ってる。だけど、リアルの編集さんを目の前にすると、いや、これも大変な仕事だ……複数の作家の担当やって、やっと原稿もらって、社に帰るまでに、原稿のチェックやら仕事の段取りをつけてるんだ。

 紅茶を飲み終えたころ、見習い女史は席を立ってカウンターのピンク電話に向かった。

 ピンク電話の傍が、さっきの学生さん。

 学生さんは、チラリと女史を見る。微妙に笑顔になった。

 女子は電話が終わると「お邪魔してごめんなさい」。にこやかな笑みをコーヒー代といっしょに残して出て行った。

 
 さあ、約束の三十分が過ぎた。わたしもお勘定を済ませてミカドを出る。

 
 キキキーーーーグワッシャーーーーン!!

 
 ロータリーの方でクラッシュ音。

 セダンが歩道に乗り上げて、ベンチや花壇やらをなぎ倒し、バス停に激突して停まっている。

 交通事故!?

 愕然とした。

 セダンの前方に、捻じれたように転がっているのはお母さん! お祖母ちゃんがへたり込んで呆然としている。

  おい! 警察! 救急車! すごい血!  だめかもな!  早く救急車!

  目の前の風景が急速に色彩を失い、次に輪郭が無くなり、わたしは白い闇に投げ出されてしまった。

 

 ☆ 主な登場人物

  •  寺井光子  二年生
  •  二宮冴子  二年生、不幸な事故で光子に殺される
  •  中臣美空  三年生、セミロングの『かの世部』部長
  •  志村時美  三年生、ポニテの『かの世部』副部長
  •  

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする