鳴かぬなら 信長転生記
ユッサ ユッサ ユッサ……
腰の運びが小気味い。
久々に太刀を佩いて山道を跋渉する。
山路の緑鮮やかにして、渓流の流れ我が心を洗わんとす、飛鳥山峡に鳴くは警蹕の声に似て、悠久の時を我に感得せしめ、もって、その天命を知らしめるが如し……フ、言葉までが昔に戻りかけている。
これが本来の姿とはいえ、熱田大神、いや、あっちゃんは寡黙に過ぎる。
ゆうべ、俺の部屋のドアを叩いたあっちゃんは、いつになくシリアスだった。
「なんだ、ご飯会はこれからが本番だろう」
「少しだけ真剣な話があるのよ」
「なんだ、そんなマジな顔をすると、まるで神さまのようだぞ」
「…………」
ジョークに付き合う風もなく、立ったまま間合いを詰めてきた。まるで、本能寺で首になって初めて会った時のような圧を感じる。
あの時は、見下ろしながらも町娘のような匂いがあって、直ぐに馴染んでしまったが、今のあっちゃんは文字通り熱田大神のままだ。
「茶姫のことなんだけど、このままじゃダメだと思う」
「ダメなのか?」
「学院も学園も、いずれは転生する者ばかり。いわば、前世の悔いや失敗で傷んだ心を癒し、力を養って、来たるべき来世に備えるところよ」
「で、あるな」
「茶姫は、この世界の三国志での務めがある」
「三国志の人間は転生してきているのではないのか?」
「そうだと思うけど、前世の欲を生のまま持ってきている。扶桑のように自分を磨こうというよりは、前世のまま支配、征服することに執着する者が多い」
そうだ、曹操などは三国どころか、潜在的には、この扶桑の国にまで食指を伸ばそうとしている節がある。
「どうすればいい?」
「分からない」
「分からんのか」
「わたしの本性は草薙剣。本朝においては最も尊い剣だけども、そもそもは天照大神が剣の形で権(かり)に現れたもの」
「それは知っている。ただの思い付きで桶狭間の先勝祈願ははやらん」
「そう。だから、分からない先を知るためには、元々の天照大神であるわたしに合わなければならないのよ」
「どこに行けば会える?」
「あそこよ」
そう言って、あっちゃんは窓の向こう、転生してから一度も脚を向けたことが無い御山を指さした。
「サルのように喋り散らすのも疎ましいが、無言というのもつまらんな……」
あっちゃんは、本来の剣の姿になって腰に収まっている。
直刀の草薙剣ではおさまりが悪いと思ったが、天下一の神刀、佩き心地がとてもいい。
鳥居を潜り、二百段はあろうかという石段は中ほどでくの字に曲がり、曲がって上り切った石畳を進んだところで目に見えないこんにゃくのようなものにぶつかった。
ムニュ
「な、なんだ?」
『結界よ』
「喋れるのか?」
『神域に近づいたから。二礼二拍手一礼すれば通れる』
「分かった……」
最後の一礼をすると、見た目には変わらないが、目の前に立ちふさがれる圧迫感が無くなり、清々とした気が満ちてきた。
『進んで』
「うん」
石畳を進むと、さらに石段で、そこを抜けると社が……無かった。
「おや?」
百坪ほどの清げな芝があって、芝の真ん中に人の頭ほどの石が鎮座している。
『見覚えがあるでしょ?』
「ボンサンか?」
『フフ』
それは、俺が安土の天守に置いて、城を訪れる偉そうなやつらに拝跪させたボンサンという石そのものだ。
『わたしを石の前に置いて拝跪して』
「俺がか?」
『是非に及ばず』
「真似をしおって……」
ちょっと嵌められた気がしないでもなかったが、幼いころの市の悪戯に付き合うような感じがして、我ながら素直に拝跪した。
『素直でよろしい、顔を上げて』
「ああ……」
顔をあげると、あっちゃんのお姉さんという感じの巫女服が立っていた。
なぜか、俺の好きなバニラの香りがしたぞ。
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生 ニイ(三国志での偽名)
- 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹 シイ(三国志での偽名)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っ子 越後屋(三国志での偽名)
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 雑賀 孫一 クラスメート
- 松平 元康 クラスメート 後の徳川家康
- リュドミラ 旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ 劉度(三国志での偽名)
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん
- 孫権 呉王孫策の弟 大橋の義弟